takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その20

背中の澄ちゃんは思いのほか軽く、過去の不幸を物語っているようだった。繁華街でタクシーを拾い運転手に行き先を告げ、必ず家の者を呼び出して欲しいと念を押した。一万円を運転手に渡し、お釣りは要らないからと言ってドアを閉めた。自転車の置き場所まで戻る道すがらも、澄ちゃんの体温がまだ背中に残っている様で何か幸せな気分に浸っている自分がいる。(ひょっとして俺は澄ちゃんを好きになってしまったのかな?柄にもなく)龍二は店でいきいき働いている澄ちゃんを思い浮かべながらそう思った。
次の日の夕方、何時もの時間に食堂の引き戸を開け、中に入ると楽しそうな笑い声が聴こえてきた。女将さんと澄ちゃんが、ふたりして何やら盛り上がっているようすだ。内容は分からなくてもつい釣られて笑顔で席に着いた。龍二が入ってきたのを先に気付いた澄ちゃんが、元気一杯に「いらっしゃいませ~!」と言ってくれた。こんな事初めてだったので、面食らってしまって目を瞬かせていると「あら、まあ。」と言って女将さんが笑っている。赤面事件以来、目も合わせてくれなかった澄ちゃんが、今日は別人の様に明るく接してくれる。つい、釣られて「楽しそうやな、何かいいことでもあったの?」と澄ちゃんに尋ねると、またまた 見る見るうちに顔が赤くなってくる。女将さんが、呆れ顔で澄ちゃんを観て「はあ~?」っと溜め息を一つついた後、龍二に「実はそうなのよww。昨夜とっても素敵な事があったのよ」「ね~?」そう言って澄ちゃんを冷やかす様に笑顔で見る。龍二は、「あ~、そういえば昨日はデートだと聞いてたけど、そんなに楽しかったの?」龍二が笑って言った。「ちがいますww!」少しづつ赤みが薄らんできた。慣れてきたようだ。「デートはチッとも楽しくなかった。もうこりごり。あんまりつまんなくて少しお酒を飲んだだけで眠くなっちゃったわ。」澄ちゃんがキツイ事を言う。(ははっ、何にも知らないのは幸せなことだ)「じゃあ、なにが楽しかったの?おかしいやない。」龍二がそう言うと、澄ちゃんは答えていいものか迷っている素振りを見せた。横からそれを観ていた女将さんが、「素敵な人がおんぶしてくれたんだよね~?」と代わりに応えた。龍二は(ギクリ)とした。(目が覚めてた?俺だと気付いたのか?)ここは下手にしゃべれない。澄ちゃんの頬がまた赤くなる。「それは専務さんでしょ?って言うんだけど絶対に違ったって言い張るのよ、この子は~。じゃあ誰なのよって事になる。そんな事有り得ないじゃない、ねえ?」女将さんが龍二に向かって同意を求める。「あっ、それは俺です。バイトの帰り路上で酔って寝ている澄ちゃんを見つけたもんで、風邪を引くと思ってタクシーに乗せたんですよ。」事も無げにそう言った。冗談口調で。瞬間、澄ちゃんが眼を大きく見開き、驚いた顔をして龍二を見た。「やっぱりあなただったんですね?」マジな顔だ。(あ~どうしよう。まずいことに・・・)「ばかね~、冗談に決まってるじゃない。帰る方向全然違うじゃない。冗談通じないよ、この子はww」女将さんが呆れた顔をして、また溜め息を一つ突いた。だが澄ちゃんは妙に納得顔で瞳をうるうるさせながら、龍二の目をじっと見つめている。「あっ、ああ~ところでウチのレストラン、テレビの取材受けて放送されたの知ってる?そしたらお客さん急に増えちゃってさー、従業員募集したんだ。それでね今日、洗い場のアルバイト来るんだよ。楽しみだな~」と話題を変えて誤魔化した。バタバタと店が混み始め、ふたりが離れて行った後「ふう~」と溜め息一つつき、ぐったりと椅子にもたれ掛けた。