takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その28

「・・・やまくん。...てやまくん。」(ん~ん、なんだよ~うるせーな~)「立山くん!」ハッと目が覚めた。机にうっぷして寝ていた。かなり年配の女性教師が黒板に向かって数字を羅列している。(教室?あれ?学生服着てる)窓際の席。横を向き窓の外を見ると、グランドでどこかのクラスがバレーボールをしている。(ん?あのロング・ヘヤーは隣のクラスの山口 由香か~。いつみても憧れるよな~)学園で1,2を争う美形で圭太なんかには高嶺の花。話をするなんて以ての外で、ぼやけるほど遠くから観ているのが関の山。(お~!アタック決まったー!)思わずにやけて自分を起こした右隣の席を見ると(えっ?!山口 由香?!)にこにこしてこっちを見ている。(どういう事だ、これは!)窓の外にも隣の席にも由香がいる。思わず何か言おうと口をあけかけたら「しーっ」とウインクしながら口の前で人差し指を立てる。四つ折の紙をそっと手渡された。紙と彼女を交互に観る。彼女の顔が紅潮している。(なに?何これは~。まさか、ひょっとして。ひょっとして、まさか~!)圭太は嬉しさのあまりパニくった。ドキドキしながらも自制が働き、今すぐには紙を開けるべきではないと思った。制服のポケットに天井を見ながらそっと入れた。由香は何か言いたげにもじもじしていたが、圭太が真っ直ぐ前を向いて授業に集中している(風)なので諦めた様子だった。
モニター画面を観ていたスタッフの石井は、『鳳凰の間』の異変に気が付いた。最近は結婚式や披露宴をビデオに収め記念として本人達に贈る式場が増えている。本館も乗り遅れまいと、式場で一台スタッフが撮影し、高所二ヶ所に設置してあるカメラを別室で遠隔操作しているのだ。これが結構好評で、お客さんの獲得に大きく貢献しているのだ。集中制御室で幾つものモニターを観ていていたが、ふと違和感を感じて、一つのモニター画面に釘つけとなった。「おっかしいなー!?」「どうかした?」「ん!現場何やってるんだ?」「どこ?」「No.18みてみな。一体何処映してるんだよ。呼んでも応えないし~」「ほんとだ。床を映してるみたいですね~」「おいおい、No.15観てみなよ。会場内、誰一人動こうとしない。ちょっとカメラ動かしてみるか。」ステックを操作してゆっくり円を描いた。「た、大変だぞ!スタッフが折り重なって倒れている。来賓の人たちもテーブルにうつむせになったり、椅子に仰け反ったり、床に倒れたりして、死んでいるようにピクリとも動かない。」「ま、まさか・・テロの化学兵器?」「警察に通報を・・・。ん?ちょっと待て!これを観ろ!どういうことだこれは?」女学生がスタンドマイクの前で両手を広げて歌っている様子が映し出された。「こっ、これは...。かわいいですね~!」ボカッ!頭を殴られた。倒れている人達をアップで観てみると、誰一人例外なく満面に笑みを浮かべている。
助手は女学生の歌声が聴きたくなった。石井に断りもせず、ボリュームのつまみを回した。声が流れてきた瞬間、ズドーンと暗闇に落とされたが、直ぐに意識が戻った。二人とも床に倒れていた。「何なんだ今のは!」石井が助手に訊いた。「分かりません」助手も未体験の出来事に戸惑っている。モニターを観ると、『鳳凰の間』の人達も生き返ったように動き出している。


圭太は、目が覚めた後も、夢で観た由香との事は一場面残さず、実際に起きた出来事の様にありありと思い出せた。休憩時間に人目に付かない廊下の片隅でメモをそっと開くと、清らかなせせらぎのような達筆で『昼休みに、屋上でお待ちしてます』とのメッセージ。圭太の胸の鼓動は周りに聴こえてしまうのでは?と思えるぐらい、速く強く打ち鳴らされた。瞬間、少し焦り気味に階段を登っている自分がいる。登りきって鉄の扉を強く押すと、眩しい真昼の日差しが目に飛び込んできて、思わず目を細める。立ち止まって目を慣らしてから、フェンスに沿って見渡すと...、スカートをそよ風に委せ微笑んでこちらを見ている由香と目が合った。明らかに好意を現わしている瞳。長い黒髪が、魅惑的に心地よさ気に風に吹かれている。あまりの美しさに一旦は立ち尽くしてしまった圭太だが、意を決して歩み寄る。すると彼女は急にうつ向いてモジモジしだした。「何か、用かな~?」と素っ気なくを装って(内心はドキドキなのだ)訊くと、「あの...。付き合っている人いますよね?」 いるわけない。「えっ?俺?いないよ~」「えっ?いないんですか?」嬉しそに聴き返してきた。頷く圭太。「もしよければ、私とお付いしてくれませんか?」ドッヒャwwwン!!有り得ない事が起こり、気分は天に昇った。近着く瑠美がそっと目を閉じ、魅惑の唇が圭太の目の前に迫った。圭太も由香の肩を両手で掴み目を閉じて、顔を近づけていった・・・。
『カーット!』と云うように、そこで目が覚めた。歌が終わってしまったのだ。(あっ!あああwww...)圭太はこれほどはっきり観た夢は未だ過ってない。しかも極上の夢。もう一度夢の中に戻りたいと心底願ったが、もう二度と訪れないだろうとも思った。圭太はがっくり肩を落とし、放心状態となって身動き一つ取る気になれず俯いたままでいる。冴子の、幸せな夢を観させる歌声はとても罪な能力だった。