takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

イブ#その8

お互いに一言の言葉も交わさずに向き合っていた。最も、イブは赤ん坊同然で、いや赤ん坊なら「おぎゃw」と泣くがそれさえもない。博士を視る眼は開いてはいるが、まるで夢遊病患者の如く焦点が定まっていない。しかし博士は内心喜んだ。目を開けたまま起き上がってこない事を想定していたからだ。(思った以上にインプットされている初動作の出来がいい。これなら自身で衣類を身に着けることもできるだろう)盆をデスクに置き、寝台に置いてあった白いワンピースと下着を目の前に持っていくと、それを無表情で暫くの間見ていた。(人工頭脳が解析しマニュアルを引き出して各部位に伝達するはずだが・・・)最低限の習慣だけは前もってインプットしてある。
女性物の服や下着を専門店に買いに行って汗が吹き出たことを、ふと思い出して渋面となる。博士はテーブルに朝食を並べテレビをつけた。相変わらずかわり映えしない情報番組のオンパレードだ。気がつくとイブは既に服を着終わってテレビを見つめている。動く物や音声に反応したのか、それとも一段階上の、興味を示しての動作か。このまま放っておいたら、一日中でも同じ姿勢でいることだろう。「イブ!」と声をかけた。ゆっくりとこちらを向く。「食事にしようか?」と話しかける。暫く反応が無い。二,三〇秒ほど経ってから、明らかに意思が目に宿り立ち上がる。「ここに座って・・」と、手で椅子を示すとぎこちない歩行で近寄り椅子に腰掛けた。その一挙一動を医師が患者を診る様に観察する。「さあ、食べようか」と言ってパンをかじりコーヒーカップに口を持っていくと、それを視て十秒後に同じ動作をする。ハムエッグをナイフとフォークを使って食べる。これは少し時間がかかり動作もぎこちなかったが、クリアーする。上手くいったので博士が一つ頷くと、イブも頷く。それを見て思わず笑うと、イブもまた同様に笑った。その笑顔は晴れやかでいつまでも観ていたい笑顔だった。