takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

イブ、原点回帰・その8

まさか今日電車を乗り継ぎ、佐田駅からバスに乗ってこの野花公園に着いてすぐに博士に出会えるとは思わなかったので、イブはさすがに驚きを隠せなかった。隣に居る白衣の上に紺のカーディガンを羽織った女性が怪訝そうな表情でイブの顔をまじまじと見ている。
だがイブは博士に釘付けとなっており全く眼中にもない。即座に顔認識をコンピュータが処理して合致を示した。
すっと石のベンチから立ち上がると躊躇すること無く博士のもとに歩んだ。「博士‼所博士」目の前でイブが声を掛けるが、博士は自分の事とは思わず、キョロキョロ周りを見渡している。そして同じ様にホームレスのおじさんもキョロキョロと見渡す。イブが焦れったそうに所博士の手を取って「忘れてしまったんですか?イブですよっ‼」と、少し強い口調で握った手を上下に振った。
「田中さんのお知り合いの方ですか?」不意に後ろから女性の声がし振り返ると、先程ベンチに座っていた女性だった。
「田中さんは事故で頭に怪我をして記憶喪失となってしまったんです。ですから、自分の記憶を取り戻す手掛かりがないか、事故を起こした現場まで来てたんですけど。」「ようやく知り合いに出逢えたようですね」そう言って伊藤看護師は安堵の微笑みを浮かべた。
だが当の本人である所博士は、イブを思い出せず複雑な表情をして首を傾げている。イブは伊藤看護師の言葉で全て飲み込めた。
先ずはこれから何をなすべきかを考えた。あの日ここまで来た自転車は見当たらない。回収されたようだ。「私の口からこの人の素性を説明するより、住まいに行った方が早いと思います。家まで車に乗せて行って貰えませんか?」とイブが提案した。「それはいい考えですね。田中さんにとっても記憶が戻る良い切っ掛けとなると思います。」「じゃあ博士、家に戻りましょうか?」イブがそう言うと、博士はこくりと頷き、伊藤看護師が持ってきた車椅子に座った。