takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その18

『スナック陽炎』の照明看板が見えてきた。スピードを落とすことなく、そこに向かって突っ走る。店をわずかに通り過ぎ、店とホテルの間にある建物の陰へ。1メートル程奥に入り、暗闇の中に自転車を停め、身を潜めた。なるべくなら人目につかないのが望ましい。チカチカと点滅するネオンの光で、腕時計の針を読むと9時56分。4分前だ。
辺りに人の気配がないことを確認しつつ、店に近着く。重厚で見栄えが立派そうなドアのノブを握り、ゆっくりと少しだけ開く。細い隙間から店内が見えた。(居た!)カウンターのスツールに、背丈は普通だが、ガッチリとした筋肉質な体型をした男性と並んで座っているアベックの女性は、後ろ姿だが間違いなく澄ちゃんだ。男は黒っぽいスーツ姿で、テーブルにうつ伏している彼女の肩に手を置いて、耳元で何かを頻りに話している。それをマスターが、冷めた目付きで見ている。
カウンターの他にテーブルが5カ所配してあり、3組の男女がワイワイと盛り上がっている最中である。時計を見たスーツの(専務であろう)男が、マスターに何か言い財布から札を何枚か抜き取っている。財布を仕舞って、澄ちゃんの腕を自分の肩に回し担いでいる。いよいよ店を出るようだ。龍二はそっとドアを閉め、素早く自転車のある場所に戻った。籠の中に入っている手提げ袋を開け、手を突っ込んで風呂敷を解いたら、 ごつくさい鬼が出てきた。父が彫った鬼は夜叉でもなく般若でもない。野性的であり野蛮的な、全てを薙ぎ倒す恐ろしい形相を持った鬼である。夜これを着ければ普通の人は恐れおののき地面にひれ伏すか、必死の思いで逃げるだろう。眼は鋭く吊り上がり、大きく口が裂け、大きな牙と2本の太い角を持ったその面を龍二は暫し見つめた後おもむろに被った。
被った瞬間、脳天に『キ―――ン』という鋭い音が鳴り響き、目眩と吐き気に襲われ、思わずしゃがみ込んだ。思いっ切り歯を食いしばり、血が出るほど拳を握り締めて耐える。どうしてもくぐらなくてはならない門、唯一のリスク。父が練りこんだ念を自身の体に取り込み融合させ『チカラ』を倍加させる為に、約1分間この苦痛に耐えなければならない。龍二のサイコキネシスという能力は距離に反比例する。自身から1メートルまでは20キロ程の物を持ち上げられるが、そこから離れるごとに力は衰えていく。
10メートルも離れたらマッチ棒さえ動かせない。しかしこの面を被れば飛躍的に『チカラ』は増す。15,6メートルまで作用範囲が広がり、1メートル内なら百キロの物が動かせる。しかも長時間チカラを使っても心身的疲労が少ないのだ。そして、何と短時間なら自分自身さえも浮上させる事が可能なのだ。
龍二の周りの、全ての音が止まった。『気』が鬼面から徐々に、体内に清水が流れ込むが如く染み込んで来るのがわかる。体内に収まり切れず溢れんばかりに沸き出している。龍二の体から発散する赤い炎がゆらゆらと薄く立ち昇り、龍二は今、総てにおいて充実していると心の奥底から感じているのだ。こうなれば彼は無敵の存在。ミサイルなんていう突拍子もない話は別として、誰一人指一本さえ彼に触れることはできないだろう。


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