takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その19

『カラン、コロン』と扉を開ける音がして二人が店から出てきた。澄ちゃんは意識が朦朧としているのか、足元がおぼつかない。それを専務が、肩を貸して少しづつ前に進んでいる様子。専務は頻りに澄ちゃんに何か言って「分かった?分かった?」とその声だけは、龍二にも聞こえてきた。澄ちゃんは意識があるのか無いのか、それでもイヤイヤをする様に左右に首を振っている。一歩づつ目的の場所に近付く度に、専務の顔が邪悪な表情に変わっていく。と、専務は目の端に異様なモノが映った気がし、立ち止まって建物の細い路地の暗闇に目を凝らした。何と、そこには鬼が立っていた。鬼が街のネオンに顔だけ浮かび上がらせ専務を睨みつけている。「ひっ?!、何者だー、貴様ー!」半ば怯え、半ば恫喝の声を鬼に浴びせた。「ふざけやがって~!」と専務が喚く。鬼はゆっくりと二、三歩前に出てきた。「その娘を離せ!」静かだが、強くそう言った。「何~?俺の彼女を奪うつもりかww?」目が血走っている。酔いも完全に覚めたようだ。専務は荒っぽい土建屋の息子で、半ばヤ○ザの様な事もやっているから喧嘩馴れしている。万が一の荒事の為にと、内ポケットにナイフをいつも忍ばしているのだ。喧嘩に不利だと思ったのか、かかえている澄ちゃんをいきなり突き放した。立っている事もできない彼女は、そのままの勢いでコンクリートの段に頭部を打ち付ける!(クッ!とまれー!!)瞬時に意識を澄ちゃんに集中させた。澄ちゃんは、コンクリートの角、10センチも満たないギリギリのところでピタリと止まり、やがてゆっくりと横たわった。龍二がチカラを使わなければ危なかった。下手をすれば死に至るところだった。「何て事をwww!!」龍二は憤った。専務が不敵に笑っている。今の専務には彼女はどうでもよい存在、いや邪魔なだけなのだ。素早くナイフを取り出した。『ピキwwン』バタフライナイフだ。鬼はまだ娘を気遣っている。隙有りと見て腰を低くした。そして脇腹に突き立ててやろうとナイフを両手で持って真っ直ぐ突進してきた。専務は完全に決まったと思った。この状況でどんでん返しは有り得ない。しかし、ナイフが鬼の腹に後10センチも満たないと云うところで、異変が起こっていた。金縛りにあったように、身体がピクリとも動かなくなったのだ。意識もハッキリしていて、脳からの指令は間違いなく鬼を刺す事を指示している。なのに意に反して自分の体は動かない。(???!)(なぜだ!なぜ動かない!)専務は、懸命に体を動かそうとしている。だが汗だけがびっしょり噴き出すだけで、指先一本も微動だにしない。頭の中はパニック状態となっている。しかしそこで終わりではなかった。左腕が本人の意思とは関係なく、勝手に上に上がっていく。それを不思議そうに眼球だけが追っている。手の指が髪の毛をガバッと無造作に掴み上げた。ナイフを持っている右手が後を追うように頭頂部に到達。『ザクッ』と頭皮ギリギリでナイフが一閃。大量の髪の毛がバサッと音がするほど切り落とされ、カッパのような頭になった。それでもまだ不思議そうに眼球がキョロキョロしているだけ。自由を許されているのは眼だけらしい。次にナイフを持った手は、自分の服を切り刻み始めた。器用に縫い代に沿って効率よく切っている。やがて下着まで切ってしまって真っ裸になった専務は、今来た道を戻りはじめた。身体から、滝のような汗が際限なく噴き出して、これから自分に降りかかる災難を認識しているかの様だ。じわりじわりと歩いて『スナック陽炎』の扉にたどり着いた。扉は勝手に開いた。眼球が入ることを拒否するが、身体は自ら中に入って行った。「きゃww!!」と云う凄い悲鳴が龍二のところまで聴こえてきた。バタンと扉を締めた。(真っ裸でナイフを持った男が現れたら誰だって驚くに決まってるよな。だけどマネキンみたいに動かないから安心だけどな。)警察に通報するだろう時間を5分間とみて念で縛り続けた。その後は真っ裸で外にも出られず蹲っているだろうと想像した。頃合よしと面を外し紙袋に戻すと、横たわっている澄ちゃんを抱きかかえて起こした。まだ意識は戻っていないらしく目を閉じたままだ。その方が好都合だと龍二は思った。(よし!タクシーで食堂に横付けしてもらおう。お金は・・・ないか~)切れて散乱しているスーツの内ポケットに財布がみえた。「迷惑料として一万円を徴収することにするか。」自分でそう言って、自分で納得し一万円札を抜き取って『ポイッ』っと、どぶ川に捨てた。「あっ!身分証入ってたかな~?まあいいか。」そう呟き、澄ちゃんをおんぶして300m程離れたタクシー乗り場に向かって歩き出した。途中でサイレンを鳴らしたパトカーとすれ違い、(これに懲りて、少しは大人しくなるだろう)とニヤリと笑った。その時首筋に何かが流れたのに気が付き、澄ちゃんの顔を見るとなぜか涙を流していた。(うん、よかった)嬉しそうに笑って、龍二は軽やかに歩き続けた。