takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その29

人は誰しも、大小あれど夢や希望や願望を心の奥底に持っている。冴子は普通に歌っている分には問題はないが、気持ちを込めてソプラノで歌うと、なぜか聴いた全ての者は、眠りに陥って夢の中でそれが叶うのだ。ある者は総理大臣に、ある者は大金持ちに、あるものは映画の中のヒーローにと。歌っている時間は3分程でも、夢の中では思いもよらぬ年月を駆け巡る事ができる。
しかし目が覚めて、目眩く夢のような出来事をまるでリアルそのままに体験した者は落胆や落ち込みも相当なものとなる。以前に体験している両親や鞍馬一族は、幾度となく天国から突き落とされてるから御免被りたい。しかも眠りに落ちている間は無防備であり、もしも高所にでもいたら生死に関わるから、尚更彼女には本気モードで謳う事は止めてもらいたいのだ。それを知らない圭太や来賓の人達は、夢とのギャップに未だに立ち直れず朦朧としている。だが司会者はさすがに皆と同じ様に呆然としているわけにはいかないとの自覚からか、立ち直りが早かった。「さっ、さぁ皆さん!お酒が入って酔っ払ってばかりいられません。宴もたけなわ、最大の見せ場を迎えました。ここでどうでしょう?お二人に愛の口ずけをお願いしたいと思いますが!?」『おお~!』会場にどよめきが湧き起こり、拍手の嵐が起こった。流石ベテランの司会者だ。さっきの夢の事は消し飛ばし上手く宴会の方に意識を移行させた。
「カメラをお持ちの方、どうぞ前の方に集まって、この晴れの舞台お二人の愛の抱擁を撮ってあげて下さい。」会場は笑いの渦で埋め尽くされ、ひな壇の二人は照れくさそうな笑顔でお互いを見ている。「皆さん準備はよろしいでしょうか?。はい!それではお二人さん、宜しくお願いします!」カメラのシャッターとフラシュのなか、二人は無事唇を合わせ拍手喝采を浴びたのであった。