takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その34

心穏やかな時間に3人はどっぷりと浸かっている。これ程の満たされた刻を、この場所で味わった覚えは無かったと龍二は心の中で思った。
同じ人間に生まれながら差別によって山での生活を余儀なくされた不満を、小さい頃から絶えず抱いていた。口惜しくて感情の赴くまま泣き叫んだ事もあった。いつも心に靄がかかってやり切れない日々を過ごした。良い思い出なんか一つもない故郷であった。でも澄子と帰郷した今、見慣れた景色が不思議と鮮やかに輝いてみえる。
気の持ち様で、こうも違って見えるのかと変に感心している自分がいる。祐蔵が「ちょっと。」と立ち上がりトイレに行こうとするのを、いいタイミングと判断して「じゃあ父さん、他にも廻らなきゃならないから、そろそろおいとまするわ。」と、龍二が切り出した。「おお!そうだったな~、話し込んでしまったな。澄子さん、申し訳ない。」祐蔵は苦笑しながら頭を掻いた。「いえ、とんでもない。楽しかったです。今度、赤ちゃんが産まれた時にはゆっくりさせてもらいますから。」澄子が靴を履きながら笑顔でそう言った。「龍二。挨拶廻り、おヨネさんとこも行くんだろ?ついでにお前たちの将来、占ってもらったらどうや?」おヨネさんはもう九十歳を越えている。祐蔵が云うには少しボケが始まっているらしい。おヨネさんの占いとは、実は予知能力で若い頃は外れる事は滅多になかったが、今は体調次第であると云う事。「ああ、時間があればみてもらう事にするよ。」そう言って玄関を出て行った。2人はお菓子の折り箱を持って一軒一軒挨拶廻りをして行き、おヨネ婆さんが最後となった。玄関に立ち「こんにちわー」と少し大きな声で呼ぶように言うと、「は~い」と返事がした。しかし一向に出て来ない。龍二は勝手知ったる他人の家で、靴を脱いで上がって行った。
おヨネさんは真昼間だというのに古臭い布団を被って寝ていた。目は開いているのだが布団から出る気がなさそうだ。龍二に「あんた誰やな?」と訊いてきた。
「本家の龍二です。結婚式には出てもらえなかったので挨拶にきました。」と龍二。
「おお~龍二か、立派になって。」そう言いながらじわじわと起き出した。「家内も来ているんですよ。」と言うと、「お~それは、それは。」と玄関に向かう。ひとしきり挨拶と世間話をした後、龍二が「僕らの将来と、子供の事を占ってもらえますか?」と訊いてみた。「え?」と首を傾げた後、思い出したように「あ~占いか~、そうかそうか、占いか~。」思い出したようにおヨネが言う。2人は(大丈夫かいな?)と云う様に、苦笑まじりの表情でお互いを見る。「どれどれ」おヨネは澄子の正面に正座をして、両手を合わせ目を閉じた。「これは集中力が必要やから。ちょっとそれに時間が掛かるからの~、辛抱しておくれな。」そう言って何か口の中でぶつぶつ言い出した。「ん?」おヨネは不意に、眉間に皺を寄せた。いや元々皺だらけなのだが、より一層険しい顔になった。