takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

悪魔の掌中その4

「おじさん・・・。」
生きた心地がせず、体全体で『ハーハー。』と、荒い息つかいをして踞っている立山を、能力を使って少し疲れ気味のハヤテが声を掛ける。 「僕はまだ大人になりきれない半端者だけど、人としてやって良い事、悪い事は法律じゃなく、心が決めることだと思います。今までこういう体験が無かったから、考えてもみなかったけど改めて今、そう思った。」「す、済まなかった。許してくれ。うちはご覧の通り崩れかかった安借家。家族3人が今夜の飯にも困る有り様なんだ。おまけに借金の200万が返せずにいて利息返済をするのがやっとの状態なんだ。俺はどうでもいい。だけど、妻や息子にだけはマシな食事を摂らせたいと・・・。何も関係無いお前さんからすれば、だからって人の道に外れた事をして良いわけないと言うだろうが・・・。」「さあ、警察にでも突き出してくれ。」観念した様に立山が言う。(しかし・・・、暫く家族にも会えないか・・)おずおずと立山が遠慮気味にきり出した。「・・・済まないが一つだけ願いがあるんだが、聞いてもらえないか?もう一度だけ家族の顔を拝ませてくれないか?頼む!」立山は街灯の灯りの下で、土下座して地面に顔を擦り付ける様にハヤテに懇願した。
しばらくの間ハヤテは身動きせず、おし黙ったまま何か考えている風だった。そしてその考えを口にしようとしたその時、うずくまっている男から思いもよらぬ言葉を聴いた。「・・・鞍馬・・・」男はつぶやくようにそう言ったのだ。(!!!)ハヤテは驚愕した。無縁の彼がなぜ自分の苗字を!確かにリュックに書いてはあるが、しかし彼の言い方には以前から呼び馴れている好意を持ったニュアンスが伝わってきた。「間違いなら許してくれ。あんた名前を鞍馬 ハヤテ丸というんじゃないか?」
ゆっくりと顔を上げながら男が言った。そしてハヤテの表情を観て「やっぱりな。」と頷く。「あんな凄い能力、普通の人間に備わっているわけがない。そうかー、あの赤ん坊がこんなに成長して・・・。それにしても俺としては最悪の再会となってしまった。」立山は自嘲気味に少し笑った。
この男は自分の事を知っている口ぶりだ。彼の目は嘘を言っている様にはみえない。いや、自分は彼に簡単に騙された。かなり割り引いて相対するべきだろう。そう思いながらも彼に訊きたい衝動は抑えることができない程膨れ上がってくる。
その時、射す様な視線を背中に感じ、思わず首と肩だけを捻って探ると10メートル程隔てた電柱の陰から太郎が息を殺してこちらを観ている。(はっ!いけない!)「おじさん!立って!早く!」ハヤテは土下座している立山の腕を掴むと引き上げた。訳が分らない立山がよろよろと立ち上がる。
ハヤテが小声で「息子さんが電柱の陰からこちらをみています。あんな父の姿はあの子の今後に、いい影響は与えないです。」立山は情けなさそうに伏し目がちで佇んでいる。「そうだ!・・・さあ、笑って!無理にでも笑うんです。」
ハヤテは立山に笑う事を強要しながら、自ら空笑いの声をあげた。「アハハー、そうなんですかー、アハハー。」それに釣られる様にして立山が、始めは遠慮がちにそして次第に大きく笑い声をあげた。目に涙を溜めながら感謝の眼差しでハヤテを観て(この子は、何て真っ直ぐに成長したんだろう。今の俺には眩し過ぎてマトモには見られね~や。龍二さん、あんたの息子は俺らには及びもつかない程、立派に成長しているよ)と、深く感じ入るのだった。太郎は二人の笑い声が聴こえてきて安心したのか「とうちゃ~ん!」と言いながら駆け寄ってきた。「おおっ、太郎か!あはは。」と言って立山が抱き上げた。それを見て父に抱かれた記憶のないハヤテは心底羨ましく思った。