takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

悪魔の掌中その18

『・・・よしー!清志ー!』母の呼ぶ声で目が覚めた。
視界が霞んでいる。幾度か瞼を瞬かせても、ぼやけた部屋が変わることはなかった。(何時?)時計は7時を示している。(7時?夜の?)窓の外を見ると、明るいから朝なのだろう。あの後、倒れ込んだまま眠ってしまったのか。悪い夢であってほしかった。体中、変な汗で粘ついているようだ。(ほんとにヤバイ事になってしまった~)母に呼ばれたのに気がついた。「は、はーい。」返事をした自分の声に驚いた。くぐこもった陰鬱な声。(俺の声?)「入るわよ。」そう言って母がドアを開けた。「どうしたのよあんた。昨日は夕食も食べに来ないし。もう7時よ。遅刻するよ!」そう言ってのぞき込む母の顔が怪訝そうに曇った。「あんた具合いでも悪いの?変よ。」そう言いながら僕の額に手を当てた。「熱は無い様ね~・・・。気分はどう?」訊いてきた。「・・うん、あまり良くない。」嫌な声が自分の口から出た。「何?その声。風邪?」母は暫く考えていて、「今日は学校休んでおきなさい。電話しといてあげるから。お粥作ってあげるからそれ食べて寝てなさい。どう?病院に行く?」母が訊く。「いや、大丈夫。寝てたら治るよ。」そう応えて、ベッドに向かう自分の体は思うように動いてくれない。平衡感覚がまともに働いていないようで真っ直ぐ歩けない。それを母が心配そうに見ている。「そう?じゃあ一日安静にしてなさいね。」そう言って出て行った。10分程して小粥を運んでくれて「じゃ、私は仕事に行くからね。大丈夫!元気出しなさい!」そう僕を励まして出て行った。小粥を食べても味は殆どしなかった。(風邪なのか?)それならどれほど嬉しい事か。ふと、思い立ち引き出しの中から手鏡を取り出して自分の顔を見た。「何だこれは!」思わず口から声が出た。そこには、弛緩して張りが失くなった老人がうつっていた。だらしない口元から少しヨダレノ様な物が垂れている。手が震えた。鏡を慌てて伏せた。(何とかしなくては・・そうだ、斑目に会わなきゃ。帰る時刻に学校の外で待ち伏せして掴まえなきゃ。あいつめ~!)色々考えてみたがまとまらない。思考回路が錆び付いているように働いてくれないのだ。(服装は何を着ていけば・・・学校に行くは・・・)今まで無意識にしてきたことが、今は不安で仕方がない。ベッドの中で同じ事を、何度も何度も繰り返し考えている自分がいた。