takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その7

店長は思わず両肘をデスクにのせて手を握り、その上に顎を掛けてため息をついた。伊藤の提案をのんでしまった自分が情けないこともあるが、今後の展開に不安を感じずにはいられなかったからだ。店長は頭の中で若手社員の伊藤とは、どういう社内評価なのかを思い浮かべた。確か伊藤は入社5年目で、過去に本社勤務の経験もあることから、優秀な人材と認められていたのだろう。自分から見ても、仕事もよくできるし頭も悪くない。だが、資料によると、反骨心が強くて目上の者に煙たがられ、たらい回しにされた挙句に現場の顧客苦情処理班へと辿りついたという経歴の持ち主。正直、誰もが嫌がる今の仕事だから、ここでへまでもすればもう後がない状況になっているに違いない。しかし、彼が今やろうとしている事は一発逆転どころか、下手をすれば店の信用を揺るがしかねない事態になる危険性を孕んでいる。店長は、宙を飛んだという青年を捉えようとテキパキと指示している伊藤を苦い表情で見つめていた。


伊藤の夢と希望に溢れて入社した頃が、早くも遠い過去の記憶となって色褪せてしまっている。来る日も来る日も、米搗きバッタの様に頭を下げ、最近では「申し訳ございません」が、意識もせずに出るようになってきた。「頭を下げて給料をもらう・・・かww。俺たちは、言わば、乞食のなかのエリートだな。」と、同僚の北村に笑えないジョークを飛ばす。毎日腐った魚のような目をしていたふたりだったが、今日は、そんな鬱憤をはらす思いがけない騒動が起こり、久しぶりに目が活き活きと輝いている。
既に警備室に電話連絡をして全ての出入り口を見張るよう指示した伊藤は、青年が屈強な男性社員に両腕をつかまれ、この事務所に入ってくる様子を想像していた。ペット持込なんて、もうどうでもいい。彼は明らかに超能力者だ。彼を利用する価値はおおいにある。上手く行けば、もう一度本社勤務に復帰できるチャンスが巡って来るかも知れない。伊藤の頬が緩み、思わずニヤケ顔になるのを必死に堪えた。
(最近の子供は妙に擦れていて扱いにくいが、彼は違うと第一印象から思っていた。仕事柄、人を見る目は持っていると思う。彼は、その辺のガキとは違う。
背筋がピンと伸びていたし、真っ直ぐに俺の目を見て話していた。最近のガキは、目を合わせるのを嫌う。伏目がちになるか余所見をして話す。姿勢も悪いしな)伊藤はチラリと壁時計を見て、館内放送を流してから10分程経ったのを確認した。(ここで待ってるより俺も参加してくるか。人手はひとりでも多いに越したことはない)伊藤は設備から離れ、ボーッと考え事している店長に「僕も探してきます。」と、ひとこと言い残して北村を誘い、部屋から出て行った。