takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その13

レンタカーの適度にエアコンが効いている車内でシートを倒し、立山は両手を頭の後ろで組んで目を閉じている。
清志は、デパートの正面玄関の方を呆然と見て冴子らが出てくるのを待っている。
「あれ?!立山さん!あれ、響さん達じゃないいですか?」その言葉に立山が体を起し、出入り口を見た。「何か、変じゃないですか?」と、清志が呟く。
ドアから出て来たふたりは後ろを向きつつ、じわりじわりと駐車場の、つまり自分達のいる車に向かって歩いて来る。
立山はテレビでお馴染みの殺陣を思い浮かべていた。刀を構えて敵陣に取り囲まれた主人公の動きにそっくりだ。口をぽかりと半開きして、「何やってんだ?あいつら・・・」と呟きながら観ている。だが、ふたりの他にドアから出てくる者は一人としていない。それが却って不自然な気がした。
清志が何気なく思った事を口にする。「冴子さん、何か歌っているみたいですよ。口を大きく閉じたり開いたりしています。」へんなのと言って、清志がくすくすと笑い出した。「そういえば・・・そうだな!おい!何でもいいから耳に詰めろ!眠らされるぞ!」あわてて立山がダッシュ・ボードの中をゴソゴソしだした。
ポケットテッシュがあった。慌てているので上手く摘み出せない。ごっそり抜き出し一塊を清志に渡して、適当に千切り、両耳に強引に突っ込んだ。清志は、あまりの突然の指示にオロオロするばかりで間に合わなかった。車外で歌っている冴子の声が小さく聴こえて来た途端、ドーンと奈落の底に落とされた。
一方、再び眠りから目覚めた者達がドアを開き追ってきたが、半ば及び腰になっているようだった。何となく冴子の能力が分かってきたのだろう。無闇に近着く者がいなくなった。皆、蒼白な顔色をして怯えている。あの伊藤でさえ、二の足を踏んで成す術もなく呆然と見ているだけだった。
急いでふたりが乗り込んだのを見届け、立山がアクセルを踏み込んだ。その時には清志も目を覚まし「あれ?車、走ってるんですね~」と、寝ぼけ眼で言って皆を笑わせた。