takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その14

ふたりを乗せた車があざ笑うように伊藤の目の前を通り、走り去っていった。ドアの外に出ていた社員や野次馬達も、ひとりふたりと店内に戻って行く。
悔しさに唇を噛み締めていた伊藤だったが、何かを思いついたように従業員通用口の方に駆け出した。従業員通用口は、ひと気のない店の裏側の一角にあった。従業員のみが出入りする小さな鉄製の扉が目立たないところに何の飾り気もなく付いている。
ドアから中に入ると窓口があり、その中には警備員が常時座っている。出入りのチェックは厳しく、その上セキュリティー・カードで管理されているから、不審な者は絶対にここから店内やバック・ヤードには入れないようになっている。常駐の警備員は2名で1時間交代で店内外巡回業務と、出入り管理やモニター監視を受け持っている。
受付の窓口に50代半ばの中年太りで、黒縁メガネを掛けた田所が座っている。伊藤は正面に立ち「田所さん、ちょっと中に入っていいかな?」と声を掛けた。田所は「あっ、どうぞ。」と言って立ち上がり、中からドアを開けた。「相棒の松尾さんは巡回中なの?」と言いつつ窓口内部の上に設置されてるモニター画面に目をやる。2枚の大型ディスプレーが8分割され、計16箇所の監視カメラからの映像が映し出されている。
「あのね、田所さん。すぐに録画を再生して観る事ができるかな~?」「できますよ、どこのカメラですか?」「イベント・ホールなんだけど。確か2時半頃だったと思うけど。」「あ~、確か伊藤さん居てましたね。私も、何かのトラブルだと思って、注目してたんですよ。」「それ、巻き戻して観られるかな~?」
「わかりました。早速操作しますよ。」田所が立ち上がり、縦型の操作盤の前に立った。何やらあちらこちらのツマミを回したり、スイッチを切り替えたりしていると片方のモニターの8分割が消えイベント・ホールが大写しとなった。「これが現在の監視カメラからの映像です。今から巻き戻します。」左下に時刻が表示されている。映像が目まぐるしく変わって行き14時30分の所で再生画面に切り替えた。高価なカメラなのかクッキリ、ハッキリと映っていて、申し分ない。
(よし!これなら決定的瞬間が綺麗に映っている筈だ。インターネットで我が店のスーパーインポーズをしたり音声入りで店名を織り込めば、宣伝効果は絶大だ。編集は企画部に腕を振るってもらうか?)伊藤は目をキラキラさせて録画画面を観ている。だが、ハヤテを伊藤と北村がふたりして捕まえる場面に入ると、いままで遠目にして会場全体を映していたアングルが、どんどんアップしてきて3人のバトルのみ映し出されてきた。これでは、ハヤテが2階まで飛んで行く様子が映り切らない。「いや~、この3人の真剣な表情。いいですな~。ここはアップで観なきゃあと私自身ドキドキして観てましたわ~。」田所のそんな言葉も耳に入らないのか顔を真っ赤にして、歯軋りしながらぶつぶつなにか呟いている。田所が、「なんですか?」と、首を傾げて訊くと「だめだだめだ!何でアップにする。戻せ戻せ!今ならまだ間に合う!」録画画面に向かって、遂に声を張り上げた。しかし、それはむなしい叫びだった。ハヤテは取り囲むふたりの目の前から忽然と搔き消え、後はポカンと上を向いて見ている間抜け面が映っているだけだった。伊藤は、田所に礼を言うのも忘れ、肩を落として、とぼとぼと警備室を後にした。