takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その15

薄暗い通路を通り、冴えない表情の伊藤が事務所に入っていく。社員たちは、いつもの様に机に向かってパソコンの操作や、打ち合わせをしているが、雰囲気がいままでと違っていると感じた。それは、伊藤が入室した途端に変化したものだと気付く。(皆が俺を意識している。すでに俺の素性が広まったか?)
「おい、北村~。今度の防災訓練は来月だったよな~?日程とか設定の案、そろそろ出さないとな~」北村の背中に向かって声を掛けると、北村は明らかに背筋を伸ばし、緊張した声で「はっ、はい!今日中に作り上げ、伊藤さんに提出させて頂きますです!」思わず伊藤は苦笑し、(やりにくくなったな~)と、自席に着く。店長はと云うと、いつもの様に机に広げた台帳を見たり、書き込んだりしている。ふぅと一つ 吐息をついてパソコンを開こうとした時、店長の里中に呼ばれた。「伊藤・・・さん、ちょっと。」君がさんに代わっていた。店長のデスクに行くと「あちらで話そう。」と立ち上がり、自ら応接ブースに向かった。
「今回のことは、残念でした。」店長は開口一番そういった。伊藤は俯いたまま黙っている。「どうやら私の将来は閉ざされてしまったようだから、この際腹の中に堪っている思いをあなたに話しておこうと思ってね~」そこに女子事務員が気を利かせてお茶を運んでくれた。事務員に礼を言った後、話を切り出した。「あなたもご存知の様に、販売業は物を売ってなんぼの世界です。だが、より多くのお客さんに利用してもらう為にはそれなりのサービスに心掛けなければならない。サービスは大きく分けて2種類。物的サービスと、人的サービスって云うのは当然分っていると思います。他店より良い物をより安く。そして、居心地のよい空間に爽やかで親切な従業員がにこやかに応対してくれる店。これが本来のデパートの理想形です。」そこで、店長は湯飲みを手に取り一口飲んだ。