takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その16

「私はね~、大学生になりたての頃、本屋さんで何気なく一冊の経済誌を手に取ったんですよ。ほんとに何気なく、ぺらぺらと流し読みしてました。
そして中ほどのページで手が止まったんです。独占インタビューの記事でです。頭の禿げ上がった如何にも人の良さそうな初老の方が写ってました。タイトルには『小さな雑貨店から始めて、今や押しも押されぬ大型スーパーの経営者』と銘打っていました。あなたもお読みになったかも知れませんが、お祖父さんにあたる佐伯 修一現会長の社長時代に受けたインタビューでした。会長の若い頃、サービスの定義などなかった時代に物と人による至力こそが鍵だと申しておりました。安全と認められない品は、例え仕入れが安かろうが手を出さない。反対に少々高価でも、安心して買ってもらえる品は、率先して納入する。他店と比べると外見では同じような品物が高い値段となってしまうので、店の儲け分を減らして売る。しかし信念に揺るぎがなかった。儲けが少ないから経営にも響いてくるし従業員の給料も上げられない。苦しい経営が長く続いた。だが、社長の信念は店で働く従業員の労働意欲を駆り立て、団結心まで目覚めさせた。この店を潰してはならない、私たちが盛り立て社長を支えるんだとの気概が芽生えた。店にはいつも新鮮な野菜が並び、品質の良い衣料品や靴、日用品が手頃な値段で売っている。従業員たちは、皆、溌剌としていて見ているだけでも気持ちがいい。客が話しかけると節度を保ちながら、親しみのこもった眼差しで接してくれるし、どんな面倒事を頼んでも、にこやかに引き受けてくれる。そのうち、徐々に主婦の間で評判が高くなり、同じ買い物をするならマルサンへと足を運んでくれるようになった。馴染みの客が、ひとりふたりと増えていき、そうなると増殖効果が働いて、勢いに乗ったマルサンは見事に右肩上がりに上昇して行ったと、懐かしげに話されていました。」店長の里中はいつもと違い真っ直ぐ伊藤の目をみつめて話している。