takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

イブ、原点回帰・その8

まさか今日電車を乗り継ぎ、佐田駅からバスに乗ってこの野花公園に着いてすぐに博士に出会えるとは思わなかったので、イブはさすがに驚きを隠せなかった。隣に居る白衣の上に紺のカーディガンを羽織った女性が怪訝そうな表情でイブの顔をまじまじと見ている。
だがイブは博士に釘付けとなっており全く眼中にもない。即座に顔認識をコンピュータが処理して合致を示した。
すっと石のベンチから立ち上がると躊躇すること無く博士のもとに歩んだ。「博士‼所博士」目の前でイブが声を掛けるが、博士は自分の事とは思わず、キョロキョロ周りを見渡している。そして同じ様にホームレスのおじさんもキョロキョロと見渡す。イブが焦れったそうに所博士の手を取って「忘れてしまったんですか?イブですよっ‼」と、少し強い口調で握った手を上下に振った。
「田中さんのお知り合いの方ですか?」不意に後ろから女性の声がし振り返ると、先程ベンチに座っていた女性だった。
「田中さんは事故で頭に怪我をして記憶喪失となってしまったんです。ですから、自分の記憶を取り戻す手掛かりがないか、事故を起こした現場まで来てたんですけど。」「ようやく知り合いに出逢えたようですね」そう言って伊藤看護師は安堵の微笑みを浮かべた。
だが当の本人である所博士は、イブを思い出せず複雑な表情をして首を傾げている。イブは伊藤看護師の言葉で全て飲み込めた。
先ずはこれから何をなすべきかを考えた。あの日ここまで来た自転車は見当たらない。回収されたようだ。「私の口からこの人の素性を説明するより、住まいに行った方が早いと思います。家まで車に乗せて行って貰えませんか?」とイブが提案した。「それはいい考えですね。田中さんにとっても記憶が戻る良い切っ掛けとなると思います。」「じゃあ博士、家に戻りましょうか?」イブがそう言うと、博士はこくりと頷き、伊藤看護師が持ってきた車椅子に座った。

イブ.原点回帰・その7

野花公園に来たのは今日で6日目だ。もちろん毎日車が借りられる訳では無い。

最初の1、2回は担当医の松本先生が「治療の為に」と口利きをして貰ったのもあり、事務方も快くキーを貸してくれたのだが、

最近では「伊藤さん、確かにあのワゴン車は普段使わないけどね、だからといって好きに乗り回して貰うのはどうかと思うよ。ガソリンだってバカにならないし、あなたが外出している間人手が足りない時だってあるんだから」と、婦長を通して苦情を伝えて来ている。

(今日も手掛かりがなければ、残念だけど田中さんには外出を諦めてもらうしかないわね)今回も浮浪者のおじさんとシートの上で胡座を組んで楽しそうに話をしている所博士を、暗い表情で見た。公園に来て既に1時間が過ぎた。そろそろ引き揚げなくてはならない。自分が腰掛けている石のベンチの横に停めてある車椅子のハンドルを握ろうとした時、隣に白い夏のドレスを身にまといそれに合わせる様に柔らかいレースの帽子を被った若い女性が腰掛けた。伊藤は不意な出来事だったので「あっ!どうも」と言って女性を見た。絵に描いたような美女だと思った。その女性も「あっ、どうもすみません」とニコリと笑い頭を下げた。伊藤は看護師という職業柄左腕を包帯で吊っているのが気になって、「骨折されたのですか?」と訊いた。「ええ、まあそんな所です」とイブは答えて、ふと少し離れた所にいる二人の男性を見た。一瞬目をこれ以上開けないくらい大きく見張り、口をポカンと空けた。そして隣の伊藤に僅かに聞こえる程の声で「所博士」と呟いた。

深夜...

デスクトップパソコンでYouTubeを観ていた。

背後には2階に上がる階段がある。『ミシ、ミシ、ミシ、』階段を降りてくる気配がする。

ミャーか?パソコンから目を離して周囲を見る。ミャーは座椅子に寝転んで毛繕いをしている。

(うわっ!出やがった)気配が真後ろを通り台所の方に消えて行った。ふと、ミャーを見ると、怖い顔してこちらを見てた。時々ミャーは私を見ているようで、目線が私の頭の上を見ている事がある。

普段は霊なんか気にしていないし霊感が働く方でもないが、何かの拍子に(居るな)と感じる時がある。