takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その27

席に戻ると、母娘が感心した様に自分の歌を褒めてくれた。謙遜しながらも嬉しい気持ちになり、照れ笑いしながらビールを一口飲んだ。暫く食事を楽しんでいると母娘が何か揉めているのに気がついた。何とはなしにその会話が耳に入ってくる。娘が「私も歌いたい。」と言っているのを、なぜか母親が止めているようだ。「あなたは駄目。よく分かっているでしょ?歌えば大変な事になるんだから。」と母が言う。「だって~、こんなおめでたい席で新婚さんの為に私だって歌いたいもん。」と娘。(何か変な会話だなあ。歌いたいなら結構な事じゃないか、歌わせてあげればいいのに。余程、聴くに耐えないほどの音痴なのかな~)「あの~、歌わせてあげたらどうですか?」圭太が言った。2人が会話をやめて圭太をみる。圭太は美人の冴子がまじまじと見つめるので赤くなってしまった。「お気持ちは有り難いんですけどもね、この子は駄目なんです。」婦人が言う。娘が頬を膨らます。「はぁ。」圭太はそれ以上口を挟まない事にした。やがて新婦がお色直しをして入場し、宴は一層盛り上がった。司会者の『これより新郎新婦の最初の共同作業であります、ウエディングケーキの入刀の儀式を行いたいと思います。カメラをお持ちの方、どうぞ前の方にお越しください』の声と共にザワザワとケーキの方に人が集まって行く。圭太も以前に買ってあったコニカのバカチョンカメラを持って参加した。新郎新婦はどこかのスターのように、司会者の言うなりにポーズをとってフラッシュを浴びている。儀式も無事終わり、また歌と酒の宴となる。圭太は冴子がいないのに気付いた。会場を見渡すと、婦人はひな壇の新婚さんと談笑しているが娘は...?市役所の龍二の同僚に酒を奬められ飲んでいる。(あちゃ~!いいのか?学生なのに~)圭太は額に手をやった。
やがて頬を赤く染めた冴子がカラオケセットに近付いて行く。それを目で追っているのは圭太ひとりのようだ。冴子がマイクを握った。『龍兄、澄子さん、ご結婚おめでとうございます。何時までもお幸せにね!』スピーカーから冴子の声が流れた。今まで談笑していた婦人がビックリして冴子を視る。父親の春蔵も、龍二も、鞍馬一族も、冴子を知る人たちは皆『ギクリ!』とする様に会話を止めて彼女を見ている。(何なんだ?この異様な空気は?)圭太は首を捻った。『一曲プレゼントしますね』冴子が言った。もう誰も止められなかった。彼女をよく知る人達は観念したと云う様な顔付きで席に着いて彼女を見る。場内にいる全員が、アカペラでの天使の様な歌声を確かに聴いたと思ったがその後はよく判らない。皆、深い眠りに入ってしまったのだから。