takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

鞍馬龍二 その31

澄子のお腹は日に日に大きくなっていく。男性である龍二には、それを当たり前のことだと理解しつつも不思議な思いで見ている。龍二は、澄子の体の事が心配で産まれるまで店を休むよう提案したが、「まだ大丈夫よ。」と笑って応える。あまり胎児が大きくなると出産が大変なんだと、さらしを巻いて抑えたり適度な運動が必要だと早朝に家の周辺を歩いたりしている。最近では関取の様にお腹に手を添えながらふんぞり返って歩いている。予定日に後二ヶ月だ。
二人は、産まれてくる子供の名前をそろそろ考えておこうと話し合って「それじゃお父さんに命名してもらいましょうよ。」との澄子の提案に龍二は従う事にした。
龍二は高校3年の誕生日を迎えたのを期に、近くにある自動車練習場で、試験場そっくりに作られたコースを回って馴らし試験に挑んだ。筆記試験は一発合格、実施試験は三回目で見事合格し、運転免許を取得している。市役所に勤める直前に、中古だが車を買っていたので、「じゃあドライブがてらに、今度の日曜日は山まで行くか?」と龍二が言うと「そうね!明日お店に休ませてもらうように言うわ。」と澄子も賛成をした。
「荷物はこれで全部ね。」うっすらと汗をかきながら澄子が言った。大した事ない物でも今の澄子には一仕事だ。「あ~ごめんごめん。」寝坊して遅い朝食を取り終えた龍二が、澄子が準備した車に積み込む荷物を見ながら、申し訳無さ気に頭を掻いた。よく晴れ渡った空。朝の心地よいそよ風の中、澄子は庭先に出て、両手を思いっ切り天に向かって突き出しながら深呼吸した。
「じゃあ行こうか?」荷物を全て積み込んだ龍二が、玄関の鍵を掛け終わった澄子に声を掛けた。「戸締りオーケー。レッツゴー!!」と言いながら澄子が助手席に乗り込み、中古のホンダN360はマフラーから白い煙を吹きながら走り出した。
小1時間程走ると、小高い山が見えてきた。日和山。龍二の故里だ。今は10軒程老人が住んでいる廃村寸前の山村。麓の村から追われて住み着いたこの山には明日の希望は何一つ無い。披露宴のとき、冴子の歌で老人達はどんな夢をみたんだろうかと龍二は少し侘しく思った。今日は結婚式からかなり月日は経ったがあの時のお礼も兼ねて、一軒一軒挨拶廻りをしようと手土産を用意したのだった。