takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その5

この大型ショッピング・センターは広大な立地面積を誇るが高さは然程ない。階は1階と2階だけだ。1Fは西から電化製品や靴屋、本屋、軽食・ファースト・フード店があり、東側に薬や化粧品売り場。そして最も大きくスペースをとり食料品売り場がある。それらの中央に位置する所にイベント広場があり、土、日祝祭日には幼い子供向けのテレビ番組で活躍している戦隊ヒーロー達が、ところ狭しと暴れまわったり、地元高校の吹奏楽部が賞を取ったりすると、招いて披露してもらったりしている。
2Fは1〇9シネマズが365日営業し、となりにゲームセンターやメガネ店、オシャレ専門店等。中央は吹き抜きになっており、天井は強化ガラスで自然光を取り込んでいる。通路の端に大人の胸ぐらいまで透明で厚めの強化プラスチック版で囲ってあり、暇を持て余している客は、そこから1Fの対面の店舗や人の行き来を見下ろしたりしている。
見下ろしている客たちは、1Fのイベント広場に黒山の人だかりができているので好奇心で集まっては来るのだが、上からでは声が聴こえないから騒動の原因は判らない。しかし、その状況を観て判断すると、どうやら20代位の若い係員が紺のジャージを着た若者に注意を与えているようだ。
「だからですね、先程から申し上げているように、当店ではペットの持ち込みはご遠慮願っているんですよ。」(何度言ったら解かるんだ、このバカはww!)
どんなトラブルでも相手はお客様。言葉使いは丁寧にと社員教育で叩き込まれている。言葉尻を取られて逆に訴えられたりすると店のイメージに傷が付く。だがら、こんな見かけ15,6歳の少年にも敬語を使わなければならないし、した手にも出ている。なのに、この若者は顔色ひとつ変えずに、小首を傾げているだけで身動きひとつしない。(ひょっとして外国人か?よくよくみるとこいつ今時、下駄なんか履いてるしー。えっ?一本歯じゃね~か!まさか、あぶねww奴かも?)2,3歩後退りする。「だからですね、申し訳ない・・・御座いませんが店の外へ出て・・・お出になって戴き・・・いや出てください!」そこまで言って一息吐いた。「あのww」彼に対し初めてハヤテが口を開いた。係員の伊藤は一瞬それが日本語だとは思えなかった。「秀吉はペットじゃないよ、僕の友達なんだ。それに店の規則なんだからって外には出ないよ。ここで待っているように言われているんだからさ~。秀吉もポケットの中でおとなしくしているからさ~」既に秀吉は怯えてポケットの中に潜り込んでいる。

「いえ、持ち込んでいることがわかった以上、退店して戴きます。」強い口調で伊藤がそう言いながら、腕を掴もうとした。ハヤテは咄嗟に体を避けて数歩退いた。伊藤は半ば意地になってハヤテを捕まえようと迫って来た。ハヤテが逃げる。それを伊藤が追いかける。広場の中で追いかけっこが始まった。来店客が遠巻きに囲んでいるので、広場からは抜け出せない。何も知らず集まってきた者は、面白いアトラクションをやってると思ったに違いない。そのうち何事かと訝った社員が、群集を掻き分けて中に入った。「おい伊藤、何事だ?」と係員に訊く。荒々しく息を吐きながら「はあはあ・・・北村、その子を捕まえてくれ!はあはあ」こうなってしまっては後先考えている暇はない。まずは捕まえることが先決だと思った。「わかった。挟みうちにしよう。」じりじりと両方から大きく両手を広げ近付いて行く。もはやハヤテの逃げ場はなくなった。伊藤たちはハヤテが苦しげな表情をすると思った。なのに、やけに爽やかで凛々しい顔つきでその場に佇んでいる。(観念したか?)と伊藤は思いながらも、なぜか不可解な胸騒ぎがした。ハヤテは2Fのプラスチック板を見上げている。そして、少し腰を屈めた。その時伊藤は不思議と次にハヤテがとる行動が想像できた。(まさか!)そのまさかであった。10メートル以上もある2Fへ音もなく一直線に飛んで行き、板の上を飛び越えて、通路に着地した。広場を取り囲んでいた群集も、2Fから覗き込んでいた連中も皆、飛んでいるハヤテを目で追っていた。目が飛んでいることを認識したが、脳が有り得ないと否定した。一瞬、固唾をのんで静まり返った店内であったが、徐々に騒めきの波が広がっていき、やがてものすごい歓声と拍手の嵐となっていった。皆は、「いやww!素晴らしいアトラクションだったな~!」「演出も面白かったww!」「すげww!すげww!」「俺さ~、ワイヤー見えなかった!」「俺もww!」

伊藤と北村は呆然とハヤテが飛んで行った場所を見つめながら、これは夢に違いないと思った。が、クッションの横に店のロゴがはいった大袋が4つ置き去りにされているのを見た。「こっ、これ彼のだよな?」「そうだよ。事務所に預かっておこう。」と、ふたりは袋を提げて広場から出て行った。