takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その10

窓際の上座に冴子、その隣にハヤテが居心地悪そうに座っている。冴子の前に店長がお飾りで座らされ、伊藤だけがやけに満面笑顔でふたりを見つめている。ふたりの前に名刺が差し出されている。名刺にはマルサンデパート如月支店・店長 里中秀雄とある。「こちら店長の里中です。」と伊藤が紹介すると、営業的な作り笑いをして「里中です、どうぞよろしくお願いします。」と頭を下げた。「私は、このデパートの環境安全課・伊藤忠利と申します。よろしくお願いします。」と、丁寧にお辞儀をした。冴子たちは紹介を受ける度にぎこちなく頭を下げた。少し間が開き伊藤が口を開いた。「失礼で御座いますが、そちら様の紹介をいただけないでしょうか?」えっ?と目を見開き冴子とハヤテは顔を見合わせた。納得いかないという表情をしながらも「わたくしは響 冴子、主婦です。隣に座っているのは親戚の鞍馬 疾風丸君です。」と正直に紹介した。いきなり伊藤がそれに反応を示した。ハヤテに向かい「鞍馬!鞍馬天狗の鞍馬ですか?」いきなり訊かれたハヤテは、相手の言っている意味が理解できず「あ、はあ~」と、曖昧に答えた。伊藤は大きく頷きながら「やはりね~、だからか~!」とひとり納得している。「えっ?どういうこと、伊藤君。あなた何か知ってるの?」と、首をかしげて店長が訊く。「店長~、鞍馬と聞いてピンと来ませんか?京都の鞍馬山ですよ。あの牛若丸が修行したという・・・。あの山には金星から降臨したというサナトクラーマがいた鞍馬寺があるんですよ。このハヤテ君はサナトクラーマの子孫だというわけです。」冴子は内心ヒヤリとした。実は冴子も若い頃鞍馬一族の歴史を調べたことがある。父や叔父に訊いても口を閉ざして話したがらないからだった。困難を極めた末に辿り着いたのが、京都の鞍馬山だった。鞍馬一族の発祥の地。それが歴史の波に揉まれて、日和山に移り住むまでに至った。「えっ?あなた、伊藤さん?なにを適当なこじ付けして知ったかぶりしているんですか?は~?鞍馬天狗?いつの時代の話です。ハヤテの祖先は大村コンではありません!」冴子はふんっ!と顎をしゃくって見せた。「大村コン?・・・」一瞬何を言ってるのか訳が分からず呆然と冴子を見ていた伊藤がしばらく考えていて思い出したのかプッと吹き出した。「奥さんも古いテレビ番組ご存知なんですね~白黒テレビの時代ですよね~?とんま天狗。映画の嵐勘寿郎主演での鞍馬天狗をパロッた番組でしたよね~」再び、腹を抱えて大笑いした。「あなたこそお若いのにそんな産まれてもいない頃のテレビ番組、よくご存知で。」と嫌味っぽく言うと、伊藤が「僕は人から見れば変な趣味を持ってまして・・・何と云うか昔懐かしい、いわばレトロのものに興味が湧きまして、大昔の映画やテレビ番組を多チャンネルでよく観ているんですよ。」私から僕に変ってしまったのも気がつかない。
冴子はイラついた顔をして「そんなことはどうでもいいわ!それにこの子の祖先はサナト何とかっていう方じゃありませんから!勝手に決めつけないで下さいね。それじゃあ、私たちはこれで失礼します。」と立ち上がりかけた。それを伊藤があわてて押し留める「あwwちょっとお待ち下さい。もうすぐお飲み物をお持ちしますから。お話はこれからなんですよ。ねえ、店長?」里中はいきなり話を振られてドギマギし「えっ?ああ。そうですそうです、少し、伊藤の話を聞いて頂けませんか?」と言ったので渋々といった感じで冴子が座り直した。「単刀直入に申します。ハヤテ君にうちのデパートの専属キャラクターになって頂きたいのです。突然だったので、まだ正式には上の方には通していませんが間違いなく成立できると確信しています。まずは、ご本人の承諾を戴けないかと、そう思いまして。契約金もそちらの望む金額を提示していただければご期待に沿えるよう努力します。」伊藤は一気にそこまで言って、ふたりの反応を見た。そこに「失礼いたします。」と女子社員が飲み物を持ってきて、座は一旦落ち着いた。