takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

伊藤君の大誤算・その18

「私は随分と悩みました。大学4年生になっていて、周りは皆、就活に励んでいます。今になってマルサンから方向転換は、目標を失うことに等しい。ですが、現状を見ると入社できたとしても魅力の持てない箱の中で、終身勤め上げなければならない。もしかして、喜びも見つけられず苦痛だけの日々を定年まで続けなければならないのかと。」里中は悲しげな目で伊藤を見た。見つめられた伊藤は、何か言おうとしたが口ごもって、言うのをやめた。「でも、私は結局入社をして現在ここにいます。諦めるのはまだ早すぎると思ったからです。頭で考えているだけで、何がわかるというのか。会長の方針は、なぜ貫けなかったのか。その原因を見定めてからでも遅くはないんじゃないか。そして、今の現状がおかしいと思うなら自分が先頭に立って旗を振り改善していけばいい。そのためには上を目指さなければ。発言権は上にあがってこそ得られるものだから。ここに就職しようと決断した時、控えめな性格の私がまさかこんなに気合を入れていたとは誰も想像しないでしょうがね。」里中は恥ずかしそうにうふふと笑った。「長々と話してしまいました。ですから今回の事は私としては『お門違いもいいとこ』と、言いたかったのです。この騒動で従業員を仕事そっちのけにして動かし、店を不穏な空気で騒然とさせ、善良なお客様を蔑ろにした。会長がこの場にいたら、激怒したにちがいありません。会長ならあなたに、こう言ったでしょう。『ばかものww!お前、店をつぶす気かww!見世物でお客さんを呼ぶのは悪いとは言わん。だが、当店は販売業なんだ。買い物ついでに楽しんでもらう付録としてなら良いとしよう。だが、お前の考えていることは、その逆じゃないか!アトラクションを観るためにお客さんを呼び、そのついでに買い物をしてもらうなんて、本末転倒もいいとこじゃないか!もう一度一から出直してこいww!』とね。」伊藤は思わず首を竦めた。実際に、佐伯会長に一喝されたように錯覚したのだった。里中が事務所いっぱいに聞こえる大声を出したので、思わず社員が手を止めて、二人を見ている。「言いたかった事は、これだけです。明日、辞表を書いて来ます。偉そうなこと言って申し訳ありませんでした。いままで、お世話になりました。」里中は、若い伊藤に深々と頭を下げた。伊藤はしばらく黙りこくって、じっと里中店長を見ていたが、「いや・・・間違っていたのは僕の方だ。今、やっと気が付いた。あなたは辞めることはありません。いえ、辞めてもらうと困ります。僕も会長やあなたのようにマルサンを心から愛そうと思います。そうすればきっと今とは違う景色が見えてくる。そんな、気がしてきました。あなたには感謝のしようがないくらいありがたく思ってます。こんな中途半端な僕ですが、見捨てず手を貸して下さい。お願いします!」伊藤は、思わず里中の手を握り、熱の籠った目で訴えかけた。里中店長は、思わぬ成り行きに戸惑いながらも嬉しそうに手を握り返した。