takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

葛籠・その4

天狗の面を被ったハヤテは、呻き声を発しながらその場に蹲ってしまった。その背中が小刻みに、打ち震えている。冴子と麗美はいきなりの出来事にしばらくの間、動くことさえできなかった。が、はっとして目が覚めたように冴子が駆け寄り、背中を摩ろうとした。しかし白い羽根が邪魔だったので、腕を触ってハヤテに声を掛ける。「まるちゃん!大丈夫?天狗の面、外した方がいいんじゃない?」ハヤテは呻きながらも、面を通したくぐ籠った声で、「だ、大丈夫です・・・。治まり掛けてきましたから・・・」嵐が通り過ぎるのを、じっと耐えて待っているようにみえた。1分程が経過し体の震えが治まった。部屋が、しんと静まりかえっている。ハヤテはゆっくりと立ち上がった。冴子は(なにこれ?いままでのまるちゃんとは別人の様な異様で強いオーラを感じる。この天狗の面の中にある顔は本当にまるちゃんなのかしら?)冴子も、鞍馬の血を継ぐひとりなのだ。異常現象に対して、さほど驚かないのだが・・・。その冴子が身震いしている。
何かにハヤテの体が乗っ取られたと疑ってしまう程の凄まじいオーラを、その天狗少年に感じたからだ。しかし、その強く放っていたオーラも少しずつ収まってきた。面の中から声がした。「楽になりました。天狗の面に込められたじいちゃんの念を、僕の体が受け入れられたって感じです。じいちゃんが僕の中に入った感じ。不思議な気分です。でも、なんか・・・自分ながら以前とは比べ物にならないほどの、強いチカラが出せるんじゃないかと、漠然となんですが感じます。」真っ赤で、睨みつける様な眼をした天狗が、冴子に向かって静かな口調で話している。ふと、肩口を見ると羽根を背負っていた肩紐が消えている。(あれ?)ハヤテの後ろに回ってみた。背負子も消えている。まるでハヤテの肩甲骨から、じかに羽根が生えているようにみえる。(すごーい!まるで鳥人間じゃないの!)声も出ない。天狗の面を被って目の前に立っているハヤテは、自信に満ち溢れているように胸を張って、堂々としていて、心なしか全体の筋肉も盛り上がっているように思えた。冴子は、ハヤテが面の中から何をみつめているのか気になった。面が、家の中に居るにも関わらず、空を見上げているような気がした。天狗の面にある表情は、そんな雰囲気をいつも醸し出していると今、思った。そんな異様な部屋の空気を、麗美の甲高い声が破った。「ぎゃはははー、面白い~!ハヤテ君、ハロウィンの行列に参加できるよー。絶対、受けるって!だけど、その下着姿は厳禁だよ。そんなんで外に出たらおまわりさんに捕まっちゃうからね。おかあさん、私も参加したい~。そうだ!魔女のコスプレがいいよ~。今から作っても、充分間に合うでしょ?おねが~い!」その声で、ハヤテのオーラが、急速に萎んでいくのを冴子は感じた。「・・・・。」ハヤテは、天狗の面を外して、またテレビの横に置いた。すると、いつの間にか羽根をつけていた背負子も現れていて、羽根を丁寧に降ろしたのであった。