takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

葛籠・その5

その夜、夢の中にじいちゃんが現れた。それを夢とは思えぬほどのリアリティーで、ハヤテはみていた。
ハヤテは日和山にいた。なぜか冴子に買ってもらった厚地の黄色いシャツを着ている、幼い頃の自分がいる。
土間にしゃがみ一本歯下駄を履こうとしているハヤテに、囲炉裏にあたって赤ら顔のじいちゃんが声を掛ける。「今は辛いかもしれんがの~、ハヤテよ。じきに何も意識しないで、その下駄で歩けるようになる筈じゃ。要は、習慣つけることが、大事なんじゃよ。その下駄で、普通に歩けるようになると云うことは、人並み外れたバランス感覚を身に着けたと云うことじゃ。さすれば、陸上は勿論のこと、空中でだって自分の体の平衡感覚をコントロールできる筈なんじゃ。だからな、そんな嫌そうな顔で下駄を履くのはやめろ。その感覚は、お前の将来において絶対に必要だと思って、じいちゃんは心を鬼にして・・・」そこで言葉は途切れ、鼻水をすする音だけが聴こえた。立ち上がろうと前を向くと、いつのまにかじいちゃんが目の前に立っていた。穏やかな表情で、「ハヤテ。どうじゃ?響家に馴染めてきたか?冴子は、少々男勝りのところがあるが、根はとても優しい良い子なんじゃ。母親と思って接すれば良い。だけどもお前も立派な大人になった。いざとなったら、一家を守れるくらいの気概を持つのじゃぞ。」厳めしい顔でそう言った後、にっこりと笑った。気が付くと現在の自分の姿になっている。「それと、わしが作った羽根なんじゃが、馴れるまでには訓練が必要じゃ。と、いってもお前なら、たいして時間も掛からんじゃろうが。お前の父のチカラは相当なもんじゃ。我が子ながら、とても強いと懼れている。わしはどちらが勝っても負けても辛い。じゃが、何の罪もないお前を絶対死なすわけにはいかんと思っとる。だから、お前の能力を極限にまで発揮できるモノを考え、作った。それがお前に渡した、わしからの贈り物じゃ。それを上手く使いこなせれば、父といい勝負ができるじゃろうと思うてな・・・」そこでじいちゃんは、辛そうな表情で薄く笑った。ハヤテにはじいちゃんの胸の内が手に取るように分かった。ハヤテは、「じいちゃん、安心して!僕は負けない。きっと、じいちゃんに喜んで貰えるように頑張るから!そして父さんにも、僕のこと、きっと分かってもらえるようにしたい。その為にも、簡単には、僕は負けないよ!」ハヤテは立ち上がった。気が付くと、背中に純白の羽根が生えていた。戸を開け、外に出ると満月の光によって、いちめんが明るく照らされていた。空を見上げると、何かがキラキラと降ってきた。それは金粉のようでハヤテには星が降ってきたのかと思った。それが体に降り注いだとき、心の奥で、言葉に表すことのできない懐かしさと、優しさを感じた。(母さんだ!母さんが、光になって舞い降りたんだ)夢の中のハヤテは晴れやかな笑顔で満月を見つめている。背中の翼がサワッと微動した。それをきっかけにバサリ、バサリと確かめるようにゆっくり大きく羽ばたいた。ハヤテは少し助走し、満月に向かって飛び上がった。翼は力強く羽ばたいて、あっという間に大きな杉の木を眼下にしていた。ハヤテはとても爽快な気分で、月までも飛んで行けそうに思えた。