takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

イブ#その44

いつも買い物に行くスーパーマーケットの隣にあるバス停まで、それぞれがバッグやらクーラーボックスに楽しみを詰め込んで歩いていく。途中で歩美のリュックをイブが持ってあげた。バスに揺られて30分、大きなソテツの木が道路の両側に並び、葉が潮風に心地よさげに吹かれている海岸前の停留所に停車した。真っ青な空はどこまでも突き抜けていきそうで、「わあ!」とか「おおー」とか歓声を上げながら、石田一家を含む十数人の乗客がバスから降り立った。皆がみな、気持ちが高揚しているのか、誰はばかる事なく大声で軽口を言い合い、あちらこちらで爆笑の渦を起こしながら一同は砂浜に辿り着いた。海の家でイブを除く3人は着替えを済ませ、シートとピーチパラソルを立てて場所を確保した。弘は早速、小型のボート型浮き輪に空気を入れだした。もっと本格的な物もあったのだが、バス移動では持ちきれないとの思いで諦めた。歩美が「イブさん、ごめんね。私たちばかり楽しんじゃって。」と言うので、「気にしないで。あなた達が楽しんでいるのを観るのが、私には一番うれしい事なんだから。」と笑って応えた。均が弟妹を呼び、「準備体操するぞー」と体育の先生よろしく号令を掛ける。弘は新聞配達後、4時間程の仮眠だったが元気一杯ではしゃいでいる。着いたときは10時前で、わりと空いていたのだが時間が経つにつれ次第に人が増えてきた。「きゃー、きゃー」とあちらこちらで歓声が上がって、これが海水浴というものかとイブは認識を新たにした。いつの間にか均たちはどこかに行ってしまい、イブは暫くの間、呆然と景色を眺めていた。1時間ほど経っただろうかイブが座っている所から、2、30メートル離れた砂浜の一角が騒ついていることに気がついた。そちらに目を向けズームアップすると、中年の女性が慌てふためいて、おろおろしている。周りの人に何か訴えているようだ。集音装置を機能させた。「どうしよう、子供達が戻ってこないんです。沖に流されて行ったんかな~?」確信には至ってない様で、砂浜の人ごみや海で泳いでいる者達の中に、我が子を見付けようと必死の形相だ。周りの人たちも心配してくれているのか、年恰好やら状態を訊いている。「そうです、7歳の男の子と、5歳の女の子です。ピンクのゴムボートに乗っているんです。」「ピンクのゴムボートねー」そういって、皆、海の上を見渡しているが見当たらないようだ。イブがスッと立ち上がった。騒いでいる場所と逆方向に高さ10メートル程のやぐらが組んであるが、監視台には誰もいない。急いで海の家の裏手でオレンジ色のスーツに着替え、たむろしている人々の間を縫うように、やぐらまで疾走した。
走り去った後、驚声が次々と起こりその周辺は、ちょっとしたパニックとなった。やぐらの頂上部まであっという間に辿り着き、そこから沖合いを見渡すと、遥か沖にゴマ粒ほどの黒点を発見した。30倍にズームして視ると、子供がふたりボートに乗っているのが分った。人工頭脳が素早く位置を割り出して、後は一刻も早く救出するだけだ。イブは躊躇もせず、監視台から直接海までジャンプした。下から見上げていた人々は余りにも無謀な行動に、思わず悲鳴を上げ目を瞑った。高さ10メートルから飛べば、どう考えても、よくて病院送り、命を失ったとしても不思議ではない。