takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

ハヤテ、山での修行を思いつく。2

一本歯下駄に指を通しながら「ちょっと出かけてきます。」と店を出たのが10時前。店の前は、本道から外れた枝道だから車の行き来も少ない。しかも通勤時間帯はとっくに過ぎている。ハヤテは、のんびりと街並みを眺めながら歩いている。本道に入ると、さすがに騒音が激しくなる。山を下りた当初に受けたカルチャーショックも殆ど無くなったが、ひっきりなしに行き来する様々な車両とそれらが発する騒音が、ハヤテの気分を苛立たせる。(郷に入りては、郷に従え・・・か。なるほどね~、こんな時に使うことわざに、ぴったりだ)そんなことを思いながら、やがて立山の家に着いた。立山は仕事を探しにハローワークという所に通っていると言っていた。居るのだろうか?
玄関の引き戸を開けようとして庭に人の気配を感じ、そちらを見た。立山がしゃがんで作業をしている。「あっ、こんにちは~。昨日は、ありがとうございました~。」ハヤテに気ついた立山が一瞬驚き、「おう!」と片手を挙げ、「あれ?髪、切ったのか~?」と一言だけ言いつつ晴れやかな笑顔でこちらを見た。ハヤテは頭に手をやり照れながらも「何をしてるんですか?」と近着いて行くと「家庭菜園だよ~。うちは、建屋はボロいが庭だけは広い。どうだ?これ。なかなかのもんだろう?」みればトマトやキュウリ、茄等がたわわに実っていて、そのどれもが見事な出来栄えであった。「すごいですね~!じいちゃんも山で野菜作っていて、僕も手伝っていましたが、これほど大きくて艶やかな物は見たことありません。」感心したように、ハヤテが作物を見渡す。
「俺さ、農場の学校出てるからさ~、多少の知識はあるんだよ。俺の収入がないから、生活苦しくてさ~、せめてこれくらいの事はしなくちゃ~な?云わば、自給自足って云うやつ?」立山は、そう言って大声で笑った。ハヤテもつられて笑いながら家の方を見て「やけに静かですけど、家族の方は居ないんですか?」「ああ。かみさんは太郎を保育所に置きに行ったよ。」「あっ、そうなんですか。」「昨夜、かみさんと色々話した。かみさん、あんたの事ほんとに感謝してたよ。あんたに足を向けて寝れないなんて言ってた。」立山がにこにこ笑っている。「あいつも、あんたの父親の龍二さんの事はよく知っているからさ、複雑な気持ちで俺の話を聴いていたんだが・・・。話が終わって寝る前に、あいつなりに考えたんだろうな。俺にさ、ハヤテ君の力になってあげてって言ってたよ。」立山がそう言って笑う。「そうなんですか~、奥さんが・・・」なぜかハヤテは、嬉しい様な悲しい様な複雑な気分になった。父の仲の良かった知り合いや身内が、次々と敵対する自分を支援する側に付いたこと対して複雑な心境になったのだ。それは他人では決して分かり得ない、いわば心の奥底に流れている血の繋がりから来るものであり、同情とか哀れみではなく動物としての本能がもたらす感情かもしれなかった。「あっそうだ!それでな、あいつとの話の途中でさ、これから色々行動範囲が広がるってことで、どうしても足が必要になるってことでさ~、中古車を買おうか?ってことになった。車さえあれば、就職口の幅も広がるし、あんたたちの手助けもし易くなる。あんたに貰ったお金をそれに使わせてもらおうと思ってな。」立山は、半分は決定事項、半分問いかけるようにハヤテに言った。
「えっ?それはありがたいです。実は、そのことに関連した用件で今日は伺ったんです。」「えっ?そうなのかい?俺にできることなら、何でも言ってくれ。」立山が身を乗り出すように訊いてきた。ハヤテは、じいちゃんが残していった翼の事と山で修行する為の送り迎えを頼みたいと話した。立山は即答で了解し、「じゃあ俺は早速これから中古車センターに行ってくるよ。頭金さえ払えば、即日乗って帰れるって店もあるかもな。しかし、もしだめでも2,3日程の待ちでなんとかなると思うよ。文句は言わせねー。車庫証明も庭先に置けるから何の問題もないし・・・。それから、ついでにプリペイド携帯も買ってくるから。」立山は、頭の中で考えながらハヤテに話している。ハヤテは笑顔でそれを聴いていて、最初の出会いは最悪だったけど、立山と知り合えたことを神に感謝したいと思った。「わかりました。折角なので、車が来るまで待つことにします。じゃあ、よろしくお願いします。」と、一礼をして立山家を後にした。