takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

清志と秀也・その3

清志が教室に入ると既に秀也は居て、横向きに座り隣の男子と雑談をしているところだった。
秀也の後ろが清志の席だ。通路を長い足でせき止められている。清志はその前で立ち止まり「おはよう。」と声を掛けた。秀也は、その声で初めて気が付いたように足を引っ込め「あっ、おはよう。体の具合は、もういいのか?」と、一言声を掛けてきた。教室に入った時から、目線の端に清志を意識していたのはありありで、改めて(こいつは、役者だ。)と思いつつ「ああ、まあ。」と応えて、席に着いた。
学校内では真面目な優等生の仮面を被っている秀也は、友達のいるなかでは絶対に薬の話はしないだろう。どこかに呼び出されるか、放課後か?清志はカバンを開けて、坦々と一限目の授業の準備をした。その態度が気になるのか、ちらちらと何か言いたげに見ている様子だ。だが、何も言い出さない。そのうちに教師が入ってきて授業が始まった。
何事もなく昼までの授業が終わり、昼休みになった。それを待ち兼ねていたかのように、秀也が後ろを向く。教室内は授業から解放された安堵感と、弁当を食べられる嬉しさで騒がしい。
秀也が周りを警戒するように目を配りながら、囁くように話しかけてきた。「おい、あれはどうなった?」清志は教科書をカバンに仕舞い、立ち上がりかけて「あれって?」と、とぼけた表情をつくり「ちょっと、トイレに行ってくる。」と言うと、秀也が黙ったまま睨みつけてきた。それを無視して教室を出た。トイレから戻ると、既に秀也は弁当を食べていて、清志も弁当箱を開けた。秀也の弁当はいつも豪華で羨ましく思っていた。それに比べ自分の弁当の中身のなんと貧しいことか。清志は、同級生に見られるのが嫌で、いつも見られないように上半身を弁当箱に覆いかぶすように食べていた。だが、もうそれはやめた。厳しいやり繰りのなかで自分の為に母が作ってくれた弁当なのだ。なにを恥じることがある。見て笑いたけりゃ笑えと思った。そして、堂々と食べた。食べながら周りを見ると、誰一人自分の弁当に注目していない事に気が付いた。(僕ってバカだな。勝手に思い込んで卑屈になっていたんだ)思わず苦笑した。