takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

選ばれし救世主・その9

美鞘が選ばれし者だと分かった日から、継子は美鞘をどのように育てていけばよいのか日々悩んでいた。そんな親の思いをよそに、娘は日を追う毎に心身共々すくすくと成長し、目を瞠る程に輝きを増してくるのであった。小学校を卒業する頃には、並みのアイドル顔負けの端整な容姿を備えていた。本人はそんなことはお構い無しとばかりに、誰とでもふざけ笑い楽しんでいた。継子は努めて争い事を回避しようと心掛ける。日常はもちろん、テレビ番組のチェック、極悪なニュースが報道されると、すばやくチャンネルを切り替えて見せないように努めた。それは娘を戦士にさせたくないという、母親としての出来る限りの抵抗のようなものであった。中学はミッション系のお嬢さん学校に入学させた。 美鞘はそこでも、憧れの的だった。近所での評判も良く、奥様連中にもうらやましがられた。何処から見ても幸せな家庭の代表のようだった。だが次第に北見一家に暗雲がたちこめだした。日本の景気が落ち込んできたのを切っ掛けに、一家は寒い冬を迎えてしまう。正男がリストラで職を失い、苦労の末やっと働く事のできた会社は、いままでの約半分の給料だった。とたんに生活は厳しくなり、美鞘の志望校も地元の市立高校にせざるを得なかった。継子の意思や希望を、見えない力が強引に変えようとしている様な不安感。それはギィギィと歪んだ歯車が発する音のようで眠れない夜を過ごす事も度々であった。美鞘が高校に入学して二週間程経ったある日、何か良い事でもあったのか目を輝かせ、息を切らせて嬉しそうに帰宅した。「お母さん聞いて聞いて!私ねー剣道部に入部したよー!」そういって満面の笑みを浮べて継子の反応を覗う娘に、一瞬目眩と共に諦めに似た境地に陥りながら「へ~そうなの?そんなきつそうなクラブ美鞘に続けられるの~?」と言わざるを得ない自分に情けなさを感じたのだった。


物思いに耽っているように押し黙っている妻の継子を横目でちらっと見、「俺が思った事、少し訊いてもいいか?」と正男が言った。継子は、見返し「うん。」と頷く。正男は『ううん!』と咳払いをひとつして切り出した。「俺はなぜ怪物は日本に来たのだろうと思う。地球を征服したいのなら大陸に拠点を置いた方が征しやすいだろうに。それと、地球を全滅させるには軍隊並みの組織が必要と思えるが言い伝えを聞いていると単独行動に思えるなぁ。宇宙船を他の星で造らせたのか奪ったのかは解からないけど、ゲームを楽しむように滅ぼす気なら宇宙船で攻撃するような安直な手段は選ばないだろうしな。何かさー、詰め将棋のように目立たないように少しづつ範囲を広げて地球全域に行き渡った時、全てを決める必殺のアイテムっていうか・・・手法っていうかがあるんじゃないのかなぁ」「どう思う?」助手席の継子に尋ねる。「もしそうなら・・手立てを講ずる間もなく地球は消滅するわね。考えただけでも怖ろしい。」実際、継子は身震いした。後ろの座席に座っている美鞘達も、出る言葉もなくただ暗い表情をして車内の空間をみつめるだけだった。


その場所に着いたのは、再び車が動き出して一時間余り。群馬県の山の麓にある、小さな村。継子の両親が亡くなった後、庭の雑草は生い茂り雨戸も閉まったままで静まり返っていた。建物とは不思議なもので どんなに古くても人が住んでいれば、それなりに輝きを放っている。 逆に建てても長年人が住まなければ、燻ぼって何の魅力も感じない廃屋に、なり果ててしまうのだ。
継子も今、一瞬それを感じ寂しい気持ちになったが、何ごとも無い様に庭を抜けて祠にと足を運んだ。その後を家族が戸惑いながらも付いて来る。十五年前と 変わる事なくその祠はあった。以前と同じ様にろうそくを灯し地下室へ・・・ 。
扉を開ける時、少し躊躇して後ろを振り返った。皆一様に緊張して神妙な 顔付きであった。継子は「いい?開けるわよ。」そう言って再び扉に向き直った。 とても平常心では開けられない。両手を取っ手にかけると、眼を閉じ一気に思い切ったように引いた。「ギイッ」と音がして事も無げに扉は開いた。 一瞬後ろに居た家族達は息を呑んだ。暗がりの中で何かが薄く緑色に輝いている。継子はそれが何かは分かっている。後ろの家族は車中で話は聞いたが、目の前に存在する物が事実なのか?夢ではないのか?そういう面持ちで見ていた。 「さあ美鞘。その刀、持ってみて。」継子は(ここまで来た。もう前に進むしかないのよ、美鞘。)そう思いつつ娘を見つめた。呆然としていた美鞘は母に自分の名を呼ばれ、はっと我に返った。(私なの?本当に私が選ばれたの?)信じられない気持ちのまま、一歩二歩とよろけるように近付き手の届く処まで来た。
そして刀に向かって手を伸ばした。(何?この感じ?)何故か伸ばした手から体の奥のほうに高揚感が広がって力が漲ってくる様だった。握ろうと手にするより早く スッと刀が浮き上がり手の平にくっ付いてきた。(えっ!?)驚いたが、頷く自分もいる。(これは私の剣だ!間違いなく。)そう心で頷いていた。自分には、鞘と柄の分かれ目がはっきり見える。柄を握りそっと抜いてみた。ろうそくの炎さえ呑み込む程の漆黒の刃であった。一同は(??何だ?)そう思った。美鞘は握った指に力を込めた。すると刃はそれに答えるように赤に近いオレンジ色に変化したのである。