takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

昭雄の事情・その3

そんなことがありながらも咋な苛めは起こらなかった。浩之とて昭雄を苛めて楽しむ気持ちはさらさらなかったが、平穏に暮らしていた我が家にある日突然やってきた親子が疎ましく思ったのだ。そして同い年ゆえ何かに付け比べられる。祖父祖母も以前は自分をとても可愛がってくれたのに・・・。 自分でもイヤになるくらいモヤモヤと不満が募っていくのだった。 そんな時、母の親元を出るきっかけとなる出来事が起こる。 浩之は放課後仲間二人とそして後ろに昭雄を従えて帰途の途中だった。この日は雨降りで皆傘をさしてる。中三の冬。いつもの様に自販機で飲み物買って(ここは100円なのだ)缶で手を暖めながら飲み飲み帰るのだ。仲間はいつも浩之が奢ってくれるのでついて来る。昭雄の分は勿論なかったが・・・。
浩之が五百円玉を投入しようとした時、手が滑った。五百円硬貨は路上を転げ、増水しているどぶに落ちた。皆が「ああ~!」っと叫ぶがどうにもならない。浩之は半ば諦めかけようとしたが、ムクムクと悪魔の考えが頭に浮かんだ。「おい!昭雄!拾って来い!」一同はギョッと した。降り続く雨で濁流となっている、このどぶに入り小さな五百円玉を見つけろなんてどうかしている。「お、おい浩之~、それは幾らなんでも無茶やで~。今日のところは、我慢して帰ろうぜ。ついてなかったと思ってさ~」だが浩之は引かない。 (こりゃあいい機会だ。ここで二人の関係をはっきりさせないと)そう思った。「五百円拾ってこないと、うちに住まわせないぞ!分かってんのか~!おい!」うちから出て行け・・・その言葉は昭雄の心を深くえぐる。すぐに悲しげな母の顔が脳裏に映る。この寒空の中、さ迷い歩く親子二人の姿が映る。僕が拒否すれば母が泣く。僕さえ我慢すれば、狭いながらも暖かい家で今夜も過ごせる。
泣きそうになりながら、ジャージの下を脱いだ。(ドロだらけで帰れば母が心配する。足は雨で洗えばいい・・・)強烈な冷気が昭雄を襲う。濁流の中に入った。氷水に足をつっ込んだように痺れ痛かった。足が流れに掬われそうになる。四つんばいになり、早く探し当てて上がらなくては、と焦る。その時チクリと鋭い痛みが手の平に・・よく分からなかったがヌメリとした感触の物に手が触れた様だった。すぐ傍に「あった!あったよ五百円玉!」拾いあげて大きくかざした。その手から真っ赤な血がドクドクと流れ、肘に幾つもの 筋をつけて垂れてきた。瓶の破片で手を切ったようだ。皆は驚いて後辞去った。昭雄は手を切った事より、五百円玉を見つけられた事の方が嬉しくて、浩之の手に血だらけの五百円を渡そうとした。浩之は、化け物でも見るような顔色を無くした表情で立ち竦んでいたが「そんな汚ねえお金なんかいらねー!!」そう言って仲間をおいて走り去った。 夕刻、蒼白な顔色の昭雄が手に真っ赤なハンカチを巻いて帰ってきた。 「母さんただいまー。これコマーシャルでしているココアだよ。母さんどんな味してるか飲んでみたいといってたよね~。ちょっと冷めちゃった かな~?ゴメンね・・・」「なんか体がだるいんだー。眠いからちょっとネル・・・」 そう言って、玄関口に倒れた。