takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

イブの決意・その7

ライトオン・ミュージック・プロダクションは洗練された5階建てのビルで、玄関の自動ドアを開けると、広々としたロビーになっていた。ふたりはロビーの中程まで進んだ。特大のポスターパネルが壁一面に掲げてある。それはライトオン・プロダクション所属のスター達の華やかな共演であり、競演でもあった。顔だけの大写しあり、コンサートでのショットあり、正装した全身の写真ありで、優れたカメラマンの腕も然る事ながら、それぞれに煌びやかなオーラを放っていて、橘は思わず魅入ってしまっていた。数分後、どこかのドアが閉まる音がして、急ぎ足で近づいて来る靴音と共に「あ~、すいません。お迎えするのが遅れました~」と言いつつ、片手を顔の前で立てた。「いえいえ。目の保養に、もう少し観て居たいくらいです」と、言ってもう一度キリクノのポスターを観た。
高畑も満面笑顔でポスターを観ながら「今はキリクノ様様ですよ~。お陰様で社内も活気に溢れてます」と、上機嫌だ。
「こちらの方が、先程電話でお話しされてた・・・?」一瞬だが高畑が真顔になり、イブに向かって眼球を忙しく動かせた。そして、何事もなかったように笑顔に戻り「キリクノのマネージャーを務めています、高畑と言います」と頭を下げ、名刺を差し出した。イブは、こういう時の礼儀が分からない。とりあえず、差し出された名刺を受け取り「イブです。よろしくお願いします」と、頭を下げた。「じゃあ、私の後に付いてきて下さい。少しお話しを訊きたいので」と、ふたりに言って歩き出した。「こちらへ」と入った部屋は応接室らしく、小ぶりのテーブルとソファーが部屋の中央に配置してある。
「まずは簡単な質問から伺わせてください。お住まいの住所と家族構成から・・・」レポート用紙をテーブルに置き、ボールペンを持って記入する体勢をとって高畑がイブに訊く。イブは困り果てた。正直、こういう事態になるとは予想していなかった。人工頭脳は基本に強いが、まだ応用には経験が不足していてこういう質問には対処しきれないと、ギブアップを宣誓した。身形は立派な大人だが、人間としての生活は生まれて数ヶ月の赤子も同然なのだ。
「住所・・・・・」イブは黙り込んでしまった。高畑は、身動きせずじっとイブの様子をみていたが、沈黙に耐えかね隣に座っている橘を見た。
橘も同様にイブの様子を見ていたが、突如「高畑さん、お願いがあるんです。私に免じて世間的な面接は省いてくれませんかね?・・・この通り!」橘はテーブルに頭が当たるくらい深々と頭を下げた。言われた高畑は暫く黙って何か考えていたが、「分かりました。良いでしょう。芸能界に入ってくる人たちの中には、色々と事情がある方もいます。なぜかそういう方々のほうが大成したりするんですよ。この業界は、本人の持っている力だけで勝負する世界ですから。・・・質問は終わりにします」筆記用具を片付けた後、「じゃあ、私からはこれだけです。この奥に部屋があります。中に社長がいますから、私と一緒に挨拶だけお願いしたいと思います。どうぞ」と言って立ち上がった。