takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

イブの決意・その21

「あっ、いえ・・・」キリクノのコンサートでの替え玉騒動で、何もしていなかった昭雄は恐縮し、消え入るような小さな声で応えた。
昭雄は今でも、あの時とった対策が良かったのか悪かったのか、よくわからない。だが、キリクノのファンを欺いた事に変わりはない。昭雄は因果応報はこの世に存在していると思っているから、いつかはこの報いは必ず来ると心配する。だが、もし報いがあってもそれが(あのときの・・)と、気がつくか否かは、各々の意識の持ちようでしかない。橘の様に、今回の件について全く罪の意識のない人間には、因果応報なんて言葉は無に等しい。いや、ひょっとしたら言葉自体を知らないのかもしれないと思った。そういう人間にいくら報いを与えても無意味なんだよなと、思うのである。
「こちらイブさんといいます」高畑の声に我に帰った昭雄がイブをみた。いや、高畑らが目の前に現れた時点で、隣の女性を意識していた。
類稀なる抜群のスタイル。テレビに映っていた宇宙人に間違いないと思った。背丈は170cm程か?高畑と同じ位。こちらの3人は、皆それに満たないので目線が少し上向きとなる。隣の美鞘を横目で見ると、相当彼女を意識しているのがひしひしと伝わってくる。
「イブです、よろしくお願いします」イブは相変わらず味も素っ気もない紋切り型の挨拶をして頭を下げた。それを受け、口々に「北見美鞘です」「佐藤昭雄です」と、軽く頭を下げた。こういうことに不慣れな高校生のふたりの自己紹介はこんなものだ。「橘さん。イブさんはね~、我が社としてはすごく優秀な社員と皆さんに認められているんです。ですから、今の事務関係の仕事に加え、営業やマネージャーの勉強もしてもらっているんですよ。ですからイブさんは他の社員と違い、制服じゃなく特別にスーツでの勤務なんです」橘は電話で社内がパニくってると聞いていたから、扱いに困ってこんな形で収まっているんじゃないかと内心では思ったが、口には出すべきではないと彼にしては常識を弁えた。「あはは~、そうなんですか~?それはそれは!」と、何ともお粗末な返答をしている。と、不意に「それは?」イブが美鞘の手に持っている深紅の布袋を手で指した。唐突なイブの質問に、一番驚いた表情を見せたのは、隣の高畑はだった。イブを見、そしてイブの手が指している布袋を見た。高畑はイブが入社してこの方、こんな感情の起伏に乏しい人間がこの世に存在するのかと訝しく思うほど、何ごとに対しても無表情で淡々と取り組んでいるイブしか見ていないから、その問い掛けが奇異に映ったのだ。(イブさんも好奇心や興味を持つこともあるのか?だが、なんの変哲もない高校生の持ち物に興味を示すなんて・・・)そう思いつつ(あっ!これはあの時の剣!)すぐにコンサートの時のパニックが脳裏に蘇った。
「美鞘ちゃん。それって、あの剣だよね?」高畑の問いに素直に頷き、「イブさん、これに興味があるんですか?」と、目に光を宿した美鞘が訊いた。
「ええ、とてもあります」イブは鞘袋と美鞘を交互に見ながら率直に答えた。「じゃあ、お見せしましょうか?」その言葉に橘と昭雄は驚いて美鞘を見た。美鞘は挑発的な視線をイブに向けている。「美鞘さん、それは・・・」と昭雄は呟いたが、それ以上は言葉にしなかった。異様な空気がロビーに漂う。
「どうぞ」と、鞘袋をイブに差し出す。イブはそれを受け取ろうと手を伸ばしてきた。3人はこれでイブが人か否かが判別できると息を凝らして視ている。