takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

怪物の餌食・その1

「きゃ~、すっかり遅くなっちゃったww」群馬県立の女子高2年生、由紀は必死に自転車のペダルを漕いだ。
一応、演劇部に所属しているが、あまり活動に熱心ではなく何かと言い訳をしてサボタージュしている。だが今日は先輩の麻友が昼休みに教室まで来て呼び出しをくらった。「今日は大事な話し合いがあるから、絶対に参加してよね。わかった?」顔を突き合わせるようにして怒り顔で迫られ、渋々「はい。」と返事をしたのだった。(ひょっとして部を辞めさせられるのかな~。ま~当然かな?自業自得ってやつ?みんなの前で辞めさせられるのってかっこ悪いし恥ずかしいなww)そう考えると、しくしくと胃が痛くなってきた。具合が悪いと早退しちゃうか?と一瞬思ったが、後が恐そうだ。当然、午後からの授業は上の空で終え、いつもは嬉しいはずの終礼のチャイムが今日ほど恨めしく思ったことはなかった。



「由紀、行こうか?」同じクラスの雅美が教科書を鞄に詰めていると声をかけてきた。同じ地区に住んでいる雅美とは最近登下校を一緒にしている。
彼女は帰宅部で、由紀が演劇部をさぼるようになってから、誘いあっている。「ごめん、今日はクラブに顔を出さなきゃならないんだ。先に帰って。」由紀は表情を暗くしてそういった。「クラブって演劇?朝、何も言ってなかったじゃん。」「そう、先輩に呼び出されちゃって・・・。必ず、来るようにって。」「そうなんだ。ふ~ん。」雅美が由紀の顔から視線を外し、窓の外の景色を観る。もう既にぱらぱらと玄関を出て校門に向かう生徒らが歩いていく。
「わかった、頑張ってね。」表面だけの笑顔を作り、片手を顎のあたりまで挙げ手のひらだけひらひらさせて背を向けた。(はw、何を頑張るんだ?私は~)
思えばこの高校に入学してすぐにクラブ活動の勧誘が多々あった。運動が苦手な由紀は、入るなら文化系クラブだなとその時思った。初めて学校に登校し教室で説明を受けたとき、クラブ活動のプリントを渡された。その中に料理研究部、華道、茶道部、ブラスバンド部なんかが、概要付きで紹介されていた。(担任となる教師の顔ばかり見ているのも飽きて、そのプリントを読むというより、ながめてたっけ。そのなかに演劇部があったんだよな。その時、既に興味が沸いたような気もする。)1年生だけが集合した体育館で、各クラブのキャップテン、部長が壇上に立って勧誘合戦を繰り広げ、その中でもイケメンというか、由紀好みのタイプでユーモアたっぷりに皆を笑わせていた演劇部の部長に惹かれ、部というより長によって入部を決意したのだった。(ばかだね~私は~。まw、中学卒業したてのガキだったからな~、あの頃は。)入部して間もなく部長に彼女がいると分かり、他の男子部員はイモばっかりだし・・・。1年生は男子1人、女子5人入部したんだけど、入部当初、先輩達がすごく大人に見えて恐かったのを覚えている。屋上での発声練習や、おなかから声を出せるように腹筋運動も運動部並みにした。だけど人には生まれ持っての資質というものがある。由紀は資質に欠けていた。鼻に掛かった様に、こもっていて響かない声。どれだけ大きく張り上げても、遠くに飛んでくれない鼻声。声帯にも問題があるのかとも思った。同じ1年生の美紀は地声でも大きな声だからうらやましく思った。だから、入部して半年で(私は向いていない・・・)と、挫折感をいつも胸の奥に感じていた。それでも今までクラブを続けてきたのは、鍛えていけば、そのうち変われるのではないかとの淡い思いと、仲間との連帯感。ひとつの劇を完成させる為に皆の気持ちもひとつになれる喜び。たとえ端役でも、自分もいるから劇が成り立っているという、ある種の充実感のようなものがあったからだった。(ジクソーパズルだって、1個足りなきゃ、未完成なんだからね。)と、ふと思ったりしていた。


一年生の時は、端役でも納得できた。美紀が自分よりセリフも多く出番も多い役をもらった時も、「よかったね、お互い頑張ろう。」と、素直に喜べたし、まだまだこれからって気持ちもあった。だけども2年生になり、入部してきた1年生の中で目鼻立ちのくっきりした、由紀よりスタイルもよい洋子が、よく通る張りのある声で発声練習をしていると、いままで築きあげてきて僅かにあった自信やプライドが、瞬く間に消し飛んだ。そして文化祭恒例の発表会。顧問の竹内先生の書き下ろした台本を手渡された時、大きなショックを受けた。1年の洋子が由紀より良い役をもらい、由紀はその他の1年生と十把ひとからげの脇役となっていた。そして同級生の美紀は、ヒロインに。美紀も洋子も仲良しだから何とも複雑な気持ちで、ただ、ぼーっとキャスティングを眺めつづけていたが、無意識にじわじわと涙が目の中に溢れてきそうで「ちょっとトイレ。」と、美紀に小声で囁いて、教室を抜け出した。トイレの中で声もなく涙を流しながら(何やってんだろ、私。)と、自分自身にあきれ果て、(こうなることは薄々分かってたことじゃない。へらへら笑ってりゃよかったのに。)そう言い聞かせて泣き笑いの表情になった。その日から、毎日欠かさず通った視聴覚教室での練習が日に日に少なくなっていった。


鞄を持って教室を出る。視聴覚教室までの廊下を歩きながら、クラブ仲間との他愛もない数え切れないほどの出来事が、次次と思い出されてきた。由紀は感傷的になり頭が垂れて猫背になって、増々歩くテンポも遅くなったから、教室のドアの前に着いた時は集合時間を過ぎていた。
引き戸を『ガラリ』と開けたら、全員に振り向かれ一瞬のうちに注目を浴びてしまった。消え入るような小声で「すみません、遅れました・・・。」と、体を小さくして一番後ろの席に着いた。今日は珍しく顧問の竹内先生も来ていた。こちらを向いて並んで座っている部長の福山さん、副部長の山中さんから、少し離れた窓際に椅子を置いて座っている。竹内先生は大学生の頃、演劇に夢中になって、ある劇団に入っていた事もあったという。その頃の仲間の中には、テレビや映画に出演していた者も何人かいる。そして、来年には定年退職するようなことも耳に入ってきている。
副部長の山中裕子が歩いてきてプリントを差し出した。「大事な総会なんだから、遅れないように。」そう言って戻っていった。(えっ?総会?かww!)ほっとしたが、それで今の自分の立場が変わったわけではない。退部をさせられる覚悟を決めてきただけに、中途半端なもやもやした気分となった。
(こうなったら、この会議が終わってから、あの3人に退部を申し出よう。)ひとり静かに決意した。
「・・・というわけで、前回の県大会は後ろから数えた方が早いくらい、順位も評価も低かった。僕たちは全国大会に出場し演技することを常に目標として挙げて頑張ってきたのに・・・。敗北感を味わった後、僕と山中さん、それに顧問の竹内先生とが、時間が少しでもあれば話し合いをして、検討を重ねてきた。そして、ひとつの案が先生から出された。高校生目線のオリジナル作品を、生徒の手で描き上げよう。私にはそれを任せたい生徒が頭に浮かんでいる、と申し出があったんです。先生には、ある宛てがあるのだとも。その宛てとは、随分前に、どんな劇を演じたいかとのアンケートをとったとき、思いもかけず原稿用紙10枚も使ってストーリーを描いてくれた人がいて、先生は『これは粗削りだが、なかなか面白い。磨けばものになる。』と、そう思ったそうだ。」そう言って、部長が由紀を見る。由紀も部長の口から原稿用紙10枚との言葉が出た時に(まさか!)と、驚いた。紛れもなく私のことを言っている。
「先生は、多田 由紀さんに脚本を任せようと言われました。」そこで、部員たちが驚きの表情と、「おお~!」との驚声をもって、由紀をみた。みんなから受けた視線は、とても暖かく尊敬の念さえ含まれているように感じ取れた。