takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

怪物の餌食・その2

学校から家まで自転車で20分ほど。秋の日没は驚くほど早い。由紀は携帯から母にクラブで遅くなった事を話し校門を出たのだった。
母は、バスで帰ることを勧めたが、大丈夫だよと軽くいなした。母は田舎道には、外灯の設置していない場所も多く、最近も、不審者を由紀の通学路の途中の松林のなかで見掛けたとの情報もあり心配していた。由紀もそのことは知っていて、少し大回りになるが、今日は遅いし松林は避けて帰ろうと思っていた。
か細い自転車のライトが、背丈の大きい学生服姿を写し出す。(あれは、浩二君・・・。)のんびりと自転車を漕いでいるのは由紀の家の斜向かいに住んでいる同級生の高橋浩二だった。クラスが違うから話す機会もあまりないが、空手部に所属していることは聞いていた。由紀が追いつき、「お疲れ~、今帰り~?」と訊くと、突然話しかけられて驚いたのか、一瞬無言で、じっとこちらを見ている。「なんだ、由紀か?遅い帰りやな~?たしか演劇部やったな~。こんなに遅くなることもあるんや?」と、返してきた。由紀は急いでいるので「うん。」とだけ返事をして追い抜こうとした。「おいおい、待てよ。夜道は最近物騒なんやで~。俺が用心棒してやるから、一緒に帰ろうぜ。」由紀はその言葉に少し迷ったが、その方が安心かなと思い直してスピードを落とし、浩二と並んだ。「浩二君はいつもこれくらいの時間に帰ってるの?」「ああ、そうだよ。でも、秋は日が暮れるのが早いから。いやになっちまう。」由紀は、なにがいやになってしまうのかよくわからないまま「そうね。」とだけ応えた。やがて遠くに松林が見えてきた。不審者を見掛けたという場所だ。「浩二君、いつもあの松林通って帰るの?」と訊く。「ん?そうやけど?なんか問題あるのか?」「最近あそこに不審者が出没するって噂あるんだよ。ちょっと遠くなるけど回り道しようよ。」不安気な気持ちが、声に含まれている。「えww?何言ってんの?回り道したら5分は違うで~?大丈夫だって!次期空手部主将の俺様が付いてる!このまま突き切ろうぜ。」暗くてよくわからないが浩二の自信満々の笑顔が想像できた。(どうしようか?松林は5,60メートルあるけど・・・。浩二君もああ言っているし・・突き切るかー)「そうね、ナイトに頼って、私も突き切ることにするわ。」由紀が言った時には、う回路は目前だったし、ふたりして笑った時には、すでに通り過ぎていた。田舎道なのでほとんど車は走っておらず、それでも時折、ヘッドライトが自転車のふたりをうつし出しては闇に戻す。やがて黒々とそびえる松林へと細い道に進路を変える。ここを通り抜ければ、由紀たちの住む家はすぐそこなのだ。大丈夫、何もないはずだ、と自分に言い聞かせるようにした。そしてふたりは松林の中へ・・・。
『キ、キキ、キー!』林の中に入った途端、耳を劈くようなブレーキ音がして、浩二は後ろを振り返った。由紀が自転車を停めているようだ。
ウンザリしたような声で「何かあったのか?」と、声を掛け片足を着く。「今、物凄い向かい風吹いたよね?!」「吹かね~よ、今夜は風一つ吹いてねw。」(何だよ、全くww、めんどくせ~奴だなww)浩二は、はwwと溜息を一つ吐いた。「その時、声も聞こえた!」「はww?声~?俺、なんも言ってないけど?」「ううん、浩二君の声じゃない。老人の声だった。」「なんて言ったんだよ。」面倒くさそうに、浩二が問う。「入っちゃいけない、って。」由紀の声が震えている。
「もww!なに言ってるんだよ~。そりゃ、空耳だよ~。怖がっているから、感じたり聴こえたりした気になるんだ。林の先を見てみろよ。ここからでも出口が見えるし、飛ばしていけば1,2分もかからず抜けられるんだぜ?しかもさ~、不審者騒動で、2,3日前に自治会が外灯を設置してくれたんだ。第一さ~、俺が付いているんだぜ?これ以上、何の不満があるんだよ~?」浩二は、ちょっと切れかかった口調で、大声で由紀に言う。「・・・そうね、、私の思い過ごしかも。ごめん!じゃあ、付いて行くから~!」と、ペダルに足を掛けて、勢いよく漕ぎだした。「おっ?おう!」浩二もつられて、漕ぎだす。・・・だが、漕ぎ出して暫くすると、(これはどうもおかしい)と、首を傾げるような感覚に捕らわれた。その原因に気がついたとき、ふたりは気味の悪さに身震いした。煌々と燈っているいるはずの外灯の光が、地面に届いていないのだ。光源は眩い程に輝いている。なのに、地面は暗闇に閉ざされている。有り得ないと思った。(なに?これ)恐怖と不安で冷汗が噴き出る。(早く!はやく、この松林を抜け出なくちゃ!怖い、怖い!)二人とも同じ心境で必死に自転車のペダルを漕ぐ。林の中ほどまで行った時、不意に松の木の影から何かが道に出てきて止まった。距離は10メートルもない。先を走っている浩二は、無視をして走り抜けようと思った。近づくにつれ、容姿が露わになっていく。スーツをピシっと着こなし、背筋もスッと伸ばした紳士然とした中年がこちらを向いて立っていた。それは、この時間、この場所に不自然過ぎる存在だと思えた。3、4メートル程に近づいた時、彼が両腕を広げ、道を塞いだ。細い道なので、それだけで殆んど余分なスペースがなくなった。このまま突っ込もうとすると、彼に打ち当たるか、松の木に衝突する。浩二は、仕方なくブレーキレバーを握った。
自転車を停め、両足を地面に着けた浩二の目の前に、にこやかな表情で手を広げている紳士がいる。不思議なことに、そこの外灯だけ明るく周りを照らし出している。だが浩二にとって、そんな意識は頭の片隅にもなかった。少し遅れて由紀が、浩二の後ろに停める。「何だよ、おっさん!どいてくれよ、通れないじゃね~か!」いざとなったら、ぶちのめしてやる位の勢いで浩二が喚く。由紀は黙って怯えている。
紳士は、そんな彼の喧嘩腰な態度にも顔色一つ変えずに笑っている。「いやww、お急ぎのところ申し訳ありません。」広げていた両手を揉み手するように胸元で握り、慇懃な口調で話しかけてきた。「実は頂きたいものがありまして~」そこで言葉を切った。浩二は(はは~ん、物取りかww、ふざけやがって~!)自転車から降り、スタンドを立てた。「おっさんよ~。俺たちゃ学生だ、お金なんか持ってねえよ。」そう言いながら指を折り、関節を『ポキポキ』と鳴らした。事と次第によっては、叩きのめす覚悟でいる。浩二の頭の中に明日の朝刊が目に浮かんだ。≪地元高校生、恐喝窃盗常習犯をやっつける≫そして、警察から感謝状と金一封。滅多にない機会だと思った。すると紳士は驚いたように両手をこちらに見せて小刻みに振りながら「いえいえ!とんでもございません。あなた達から、お金なんかを頂こうなんて思っていません。」「じゃあ、何が入り用なんだ?自転車か?」そう言いながら見廻すと、少し離れた場所にジープタイプの車両が黒い輪郭で見えた。少しの間、沈黙が流れ、口を開いたのは紳士の方だった。「実は困っているのです。いえ、用があるのは貴方じゃなく、そう後ろのお嬢さんの方で・・・。だから、あなたはお帰り頂いて結構です。」それを聞いて浩二は激高した。「なにww!」いきなり顔面に正面突きを見舞った。無防備な相手は、まともにそれを食らってぶっ飛んでいった。浩二は、「は~、は~」と荒い息を吐いている。「行こう!由紀。」もう表彰状なんて、どうでもよかった。早くこの場を離れたかった。だが首を傾げたのは自転車にまたがって前方を見た時だ。絶対に起き上がれない筈の相手が、何事もなかったようにむくりと立ち上がった。浩二の経験上、あれだけまともに入った突きなら、気絶しなけりゃおかしいのだ。浩二が唖然とした表情で、固まったまま様子を見ていると、服の汚れを払いながら、紳士が元の場所に戻ってくる。(あいつ・・・、化け物か・・・)浩二は、とことんやらなければならないと覚悟を決め、再び自転車から降り立った。