takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

怪物の餌食・その3

「あいたた・・いきなり暴力ですか?おとなしく帰してあげようと思ったんだすけどね~。あと一年ぐらいは長生きできたかも知れない。」
紳士、いや未無来社長は独り言のように呟きながら、依然として無防備な体勢で浩二の前に立つ。浩二は本気で重傷を負わそうと考えていた。
猫足立ちに構えると、風のように相手の懐に飛び込み、鳩尾に強烈なワンツーを打ち込んだ。普通ならこれで呼吸困難に陥る。未無来は「うっ」と呻いて前屈みになり、よろける様に後ろへ膝って行く。頭が下がって姿勢が低くなっている、その脳天に助走で勢いをつけた飛び膝蹴りを完璧に減り込ませた。
どうっと受け身も取れず仰向けに倒れたところへ「おまけだww!」と叫んで足を浮かせ全体重がのった肘鉄を胸部めがけて打ち落とす。ひとつひとつの技は全て完璧に決まっていた。サンドバッグ相手でも、こんなに決まったことはない。なのに浩二は険しい顔をして倒した相手を見ている。手応えが伝わってこないのだ。まるでこんにゃくに打ち込んだみたいに・・・。(骨が・・・ない?ばかな!二本足で立っていた。お化けではない。骨格がなければ、人間の形体は成しえない。スライムというなら分かるが。こいつ、まさか・・・宇宙人?未知の生物?)そこまで考えて、浩二は、やばすぎると思った。「由紀!逃げるぞ!」そう叫んで自転車に飛び乗ったが・・・。「私はまだ頂いていませんよ、その子の血を、ね。」いつの間にか未無来は立っていた。浩二に向かって、「あなた、ミラクルドリンク・ギガの愛飲者ですね?体臭でわかります。私は結構鼻が利くんですよ。キリクノのファンだったりして、ね!クックックッ」その笑った顔は、人間とは別の生き物のそれだった。未無来がこぶしを握り、念を込める様にして浩二を見つめると、「うっ!」と胸を押さえて崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなった。
「人間の命なんて儚いものです。でも、この星には天国という別世界があるらしい。そこは素晴らしい処らしいですね。私は良い事をしたのかも知れない。」青ざめて震えている由紀に向かい、そう言って屈託なく笑った。


由紀の頭の中は、理解不能でまっしろになっていた。なぜなら、絶対優勢で攻めていた浩二がいきなり蹲ってしまったから。そして、足腰も立たない程に痛めつけられた筈の相手が、何事もなかったように呼吸一つ乱していないからだった。あまりに有り得ないことが起こって、何も考えることができず、ただ佇むばかりだった。だが、スーツの男から天国という言葉を聞き我に帰った。まさか?ただ何かのアクシデントでも起き、体の具合でも悪くなっただけだろう。男は、浩二に指一本も触れてはいないのだから。由紀はうずくまっている浩二に駆け寄り肩を揺すって「浩二君、大丈夫?どうしたの?」と、顔を覗き見た。そして、「キャー!」っと叫んだ。浩二は白目を剥いて、口から泡を吹きながら苦渋の形相のまま、事切れていた。いきなり涙が溢れてきて、両頬を伝って浩二の顔にポタポタと落ちた。「浩二君・・・。」この男の目的は私だった。私の為に戦ってくれて、こんな姿に。(ごめんなさい、ごめんなさい。)と謝り続けた。
不意に、頭上で身も凍るような粘り気のある声が聞こえた。「心配いらない。すぐにあなたも天国に行って、彼に会えるんだからね。」そして、クックックッと気味の悪い笑声を発した。「おう、これでは通行の邪魔になる。道の端に除けなければ。」未無来は、死人の浩二を仰向けに倒して、両足を掴み『ズルズル』と、引き摺りだした。由紀は、はっとして林の出口の方を見た。大して距離はない。全力で走れば、助かると思った。林を抜けて大声で叫べば、助かる公算は大きい。今の時期、夜中でも水田に水を入れる為に農家の人が出てきているはずだ。由紀は自転車も鞄もその場に置いたまま走り出した。未無来はいきなり走り出した由紀を、浩二の両足を持ったまま、ポカンと口を開けて見ていた。
必死に走る由紀。次第に出口が近着いて来た。(いける!もう少しだ!)後、5メートル程だ。だが、なぜかそこから一向に前に進まない。間違いなく、足は地面を蹴っているし、周りの景色も通り過ぎていく、のに。(おかしい、おかしい!なぜ?)後ろからゆっくりと男が歩いて近づいて来る。まさか?顔を真っ赤にして、汗ずくでダッシュしている由紀に、未無来は歩いて追いついた。真横に来て悪魔の形相でニヤリと笑い「この林にオーバーラップを仕掛けました。現実の林に、私が創り出した偽物を被せたんですよ。そう、まるでサラン・ラップを被せる様にね。うまくできてるでしょう?クックックッ」由紀の息が上がってきた。「あなた、ドリンク飲んでいませんね?ん~、いい匂いだ~。いえね、私の血が混ざっている人間でも構わないんですよ。でもね、やはり、混ざり気のない血は美味しい。天然物と、養殖物の違いって感じかな~?」そう言いながら、男の首がまるでろくろ首のように伸びてきた。由紀は『ギョッ』として、両手を前に差し出し、防御しようとしたが体勢が悪すぎた。未無来社長の顔がマムシのようになり、鋭い牙の如く尖った歯が、由紀の首筋にズブリと突き刺さった。由紀は「キャww!」と、絶望の悲鳴を上げて仰け反った。