takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

怪物の餌食・その4

未無来に咬まれた後、何の抵抗もせず、由紀は目を閉じた。その姿はサバンナでガゼルがライオンの餌食となった時の潔さに似て、哀れに思えた。
由紀は静かに涙を流し、今日の出来事を思い出していた。総会が滞りなく終わった後、由紀は嬉しくて竹内顧問に感謝の意を伝えに行った。竹内は、見た目冷たい印象を受けるが、実はとても気さくな面白い人だということは、部員なら皆知っている。
「竹内先生、あの・・・私、とてもうれしくて。こんな嬉しい気持ち、人生で初めてなんで・・・。ほんとに、ありがとうございます。」竹内先生は、話しかけた時は無表情だったが、由紀がお礼を述べてペコリと頭を下げ終わった頃には、慈愛の籠った笑顔を見せていた。「あはは、由紀よ~、産まれて15、6年しか経っていないお前達若者から人生という言葉を聞くと、わしは思わず笑ってしまうよ~。お前たちはまだまだこれからだ。お前たちに人生と云う言葉は似あわないよ。」と、笑った。「わしは由紀が悩んでいた事は、薄々気がついていたんだよ。いつか、わしに相談に来るかな?と思っていたんだが・・・。そのうちに、余り部に顔を出さなくなってきて、気には掛けていたんだ。だけど、わしからは声をかけなかった。人それぞれの考え方があるし事情もあるし、な?。演劇にとって、演技力はもちろん重要な要素なんだが、会場の隅々まで声が届いてこそ、それが生きるんだ。だが、それを意識し過ぎると、役に感情移入できなくなる。そのジレンマがお前を苦しめていたんだよな?違うか?」由紀は、先生がこんなだめな自分を見ていてくれたことが嬉しくもあり、ありがたくもあって、思わず涙が出そうになった。「はい、その通りです。」泣きそうな顔を見られたくなくて俯いて応えた。「ひとつの劇を完成させる為にたくさんの人の力が必要になる。高校の演劇は部員だけで全てを賄わなければならない。大道具、小道具、照明なんかもな。部員の殆どが主役になることを望んでいるだろうが、脇役がよい演技をしてこそ、主役が輝くことを余り解ってないようだ。」あははと竹内はそこで笑い、「話は変わるが、お前はなかなか想像力があると、あの提出文で思った。これは良い機会になると思ってな?どうだ?脚本を手掛ける気はあるかい?」竹内先生は優しく訊いてくれた。「はい!やらせて下さい。」由紀は活き活きと応えた。それから時間の経つのも忘れて、脚本についてのノウハウを聴いたり疑問に思うことを訊ねたりした。由紀にとってこの上なく、幸せな時間だった。気が付けば、外は真っ暗な夜になっていて、部員も誰一人いなくなっていた。竹内先生も、「ありゃww、こりゃーいかん。すっかり遅くなってしまった。すまない、すまない。急いで、帰りなさい。気をつけてな。」と、そそくさと教室を出たのだった。その結果が、今の禍に繋がってしまった後悔は、全く無かった。それはそれ、これはこれなんだと。薄れていく意識の中で、家族の顔や、今まであった身の回りの出来事が次々浮かんでは消えていく。(そういえば・・・あの声。林の入り口で聴こえた声は、小さい頃私をとても可愛がってくれた、おばあちゃんの声だった。ごめん、おばあちゃん。せっかく警告してくれたのにね・・・)その後、由紀の意識は無くなり、息絶えた。


「よいしょっと。」地面に由紀を横たわらせて全ての血を吸い尽くした未無来は、風船を膨らませたようなお腹を擦りながら立ち上がった。
後には、骨と皮だけになって干乾びた、由紀の残骸だけが残った。ポケットから携帯を取り出し番号をプッシュする。「ああ私だ。いつものように後始末を頼む。場所は今朝言ってたから分かるな?・・・そうだ。じゃあ至急来てくれ。いつも言ってる通り、一切の証拠を残さず始末しろ。」電話を切った後、松林の奥に停めてあるジープに戻り、中からなにやら機械らしき物を背負ってきた。およそ地球に存在し得ない奇妙な形をしている。林の出口付近の道の中央に立ち、スイッチらしきものを押すと、ノズルが伸びて林の中に向いた。やがてモーターが発するような音がした。すると、たちまち空間が歪んでいき、ノズルの先に次々と吸い込まれていく。薄いベールを剥がされた後の林は、全ての外灯の明かりによって見違えるような景色に変わっていた。ジープに乗り込んだ未無来製薬の社長は、ゆっくりと林から田園に続く農道に出た。それに合わせる様に、大きなランクルがヘッドライトをパッシングして、林の中に入って行った。