takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

ギガ製造工場・その3

橘と昭雄が対座シートに並んで座り、対面に美鞘が座っている。彼らは東京行きの急行列車に乗り込んだ。彼らの最寄駅からではローカルしか停まらないので、時間を考慮して長野駅まで橘の車は足を延ばした。
名目上、学校新聞記者として訪問する訳だから私服ではなく、昭雄はカッターシャツに学生ズボン。それに、いつものズックはやめて橘に借りた革靴を履いている。サイズは少し大きかったが新聞紙を靴底に敷いて調整した。美鞘は夏用の制服(女子は襟の角のないカッターシャツの上にベストを着用。首元に細いレモンイエローのリボンが付いている)に、いつもの革靴を履いている。橘は、紺色のスーツの上下に革靴と云うスタイルだ。橘は高畑に電話で新聞部の顧問の先生が急用の為参加できず、代理として自分が付き添う旨を今日の昼間に話しておいた。
夕方の6時前、通勤のピークは過ぎたものの、まだまだ乗客は多かったが、幸いにも座ることができて3人はホッと一息ついたのである。
「未無来製薬の工場ってどこにあるんですか?」昭雄が橘に訊いた。「俺もよくは知らんが、東京の外れにある、山の麓らしい」「奥多摩の方なのかな?地理に疎い上に地元以外の地方だから、さっぱりイメージ浮かばないや」と、昭雄。美鞘がうんうんと頷く。「まっ、いいではないか。ライト・オンからワゴン車に便乗して高畑運転手に任せておけば良いんだしな。俺たちは、のんびり外の風景でも楽しんでりゃ、黙っていても着くんだし」橘は、事件にならない時以外は頭を回転させることを嫌がる。「キリクノのメンバーは全員行くんですか?」と昭雄が訊くと、橘は「当初その予定だったんだが、放送用の撮影ができないとのことで、社長は興味を失い、ボーカルの由真を音楽雑誌のインタビューに組み込んじゃったんだ。だから、由真は行かない」「ああ、そう」と、昭雄。「ま、残りの4人が行けばそれなりに格好はつくし、歌を披露するわけじゃないから・・・いいんじゃないか?」「そうですよね」昭雄が小さく頷く。
「あっ、そうだ!橘さん、カメラとレコーダー持ってきてくれました?」「ああ、大丈夫だ。カバンの中に入っているよ。」と、網棚の黒いバッグを指さした。「いくらなんでも、記者が手ぶらでは疑われるからな」と、口元だけで笑う。橘が腕時計を覗き「さあ、後1時間で着く。お前たち、飯は食ってきたのか?」二人とも頷いている。「俺は忙しかったんで、アンパンと牛乳だけだった。腹減って寝られないと困るから、どこかで食べようか・・・。まっ、着いてから考えるとしよう」そんな彼らを乗せて、急行列車は東京に向かってひた走る。