takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

ギガ製造工場・その10

そこのお嬢さんとはどこかでお会いしたことがあると言われ、美鞘は背中に冷や汗が流れた。
ミラクルドリンク・ギガが大好評で売れているので、最近TVによく出ていて顔は承知している。
しかし目の当たりに見る社長の印象は全く違って見えた。「えっ?そうですか?・・・。私のような顔立ちの女の子はたくさんいますよ」と言って笑いかけたが、目の前の社長の顔を見ているうちに、過去の出来事がフラッシュバックしてその笑いが途中で張り付いた。(はっ!もしかしてこの人、あの事故の時の・・・)顔色が変わるのを気づかれないよう、ポケットから手帳を取り出してメモを取るふりをするのが精一杯だった。指先が小刻みに震えている。場の雰囲気が微妙に変わったのを敏感に察して、橘が助け舟を出す。「そうですよ、うちの学校はこの子のように可愛い子ばかりですから。
よかったな~北見、天下の未無来社長にアプローチされるなんて子、そうそういないぞ」と、訳の分からないことを言って、大笑いした。社長も、釣られ笑いをしながら「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないんだが・・・」と言いながらソファに座り、向かい合ったキリクノや高畑と見学についての注意事項や、見て回る順序などを話し出した。
美鞘は、ほっと息を吐ながら事故の時の状況を思い出していた。向かい合ったのはほんの5,6分だったが、この男は私を覚えていたのか。大の男、しかも複数の喧嘩のプロを叩きのめしたあの時の事、そして調子に乗ってやってしまったコンサート会場での剣の舞。この男はどこまで私の事を知っているのだろうか?知って尚、余裕の態度を見せている怪物に底知れる不気味さを感じていた。


未無来は向かい合っているキリクノの顔や名前を知っていて、一人ひとりに話し掛けている。
「私にはなんとなく分かるんですが。ギガを毎日のように愛飲してくれているのは、芳美ちゃんですね?」芳美は目をキラキラさせて嬉しそうに「えっ、分かります?ホント、私仕事始めには必ず飲むんです。飲むと体がしゃきんとして疲れ知らずでいられるんです」「それと、私の父が一年前に癌だと宣告を受けて、家族全員が途方に暮れていたんですが、ギガを飲み始めたら次第に体調が良くなり、先日病院で検査を受けたら、なんと良性になっててしかも小さくなってたんです。ギガは癌にまで効くんだと皆で泣いて喜んだんです。だからうちは全員ギガの愛飲者です」なかば涙を浮かべながら、芳美が語るのを、うんうんと頷きながら未無来が優し気に笑って聞いている。そして「癌の治療にギガが効くなんて恐れ多くて口にできませんが、お父さんの病気が回復してよかったですね。たかだか百数十円で買えるドリンクが抗がん剤にもなると世間に広まったら、大パニックになる。芳美ちゃんはアイドルという特別な存在なんだから、ブログなんかに安直に書き込まない方が良いですよ。うちとすれば宣伝効果は抜群ですけどね。でも、影響を受けて飲んだ人たちが効かないと騒ぎだしたら、うちの会社が傾きかねないですから」と苦笑した。そして「昔から、病は気から気は病からといわれてますよね?このドリンクは絶対に効くと信じ切ることにより、体に変化が現れたんでしょう。世の中には、往々にしてそういう症例はありますから。だから私も、そういう効果を期待して『何にでも効く、万能薬』と、大げさに吹聴してるんですよ。製薬会社の社長としてはモラルに欠ける言動だと、総務の中村に注意をされるんですがね~。根がお調子者なんで、ついね。」と、言って声を上げて笑った。