takakazuのブログ

家庭菜園と、趣味での小説

(第1章)親子の死闘・其の5

車内と云うのは、なんとなく運転手の性格が顕れるものだ。狭い空間にたくさんの物が置けるわけではない。それでも乗っていて気持ちの良い車内、なんとなく不潔だと感じる車内。それと共に、乗った瞬間から、降りたい衝動に駆られるほど鼻を突く臭いが染み付いている車。降りられない状況なら、さり気なく窓を空かして外の空気を取り込むしかあるまい。私も1年程前までタバコを吸っていたから、自分では分からないが、臭かったのではないだろうか?立山はタバコはとっくの昔に止めている。タバコの臭いが籠もっているわけではない。タバコの臭いではない。なのにまっとんは、臭いと思った。ならば体臭だろう。体臭がキツイなんて言われたら、かなりショックを受ける。消臭スプレーをかけている人もいるが、今度はその消臭スプレーのスカスカする気体が鼻から内臓に入ってきて吐き気を催す。時として臭いと云うものは厄介なものとなる。それでも、暫くしたら気にならなくなってきたので、2、3質問しようと立山を見た。「立山さん、あの天狗の人とは連絡取れないんですか?連絡があったから、あの公園に行ったわけでしょう?」そう言って、立山の返答を待った。「ワシとハヤテは1年前ひょんなことから知り合いになって、彼の親しくしている者が事件に巻き込まれたのを切っ掛けに行動を共にするようになった。ハヤテは山奥で爺さんと暮らしていて、幼少のころに一度だけ山を下りただけだから、全くと言ってよいほど世間を知らなかった。携帯電話なんてもちろん知らないから、ワシがプリペイド携帯を買って渡したんだ。その携帯は最近使っていないようで、通じないんだ。今回の連絡は、うちの近くにハヤテの親戚が住んでいて、その人が伝言を伝えてくれた。つまり、ハヤテがなんらかの方法で連絡したか、直接会って話したか。だが、直接なら近くに住んでいる我が家に来てもいいわけだから」そこでふと思い立ったように、「あっ、そういえば信長が使えるな!」「え?信長~?」「ははっ、信長っていうトンビを飼っているのさ。それと、秀吉というリスもな。山で暮らしていた時の友達なんだよ」
「へ~、面白い」「信長は響家を知っているから伝書を足に付けて飛んできたかもな」
「響家?」「ああ、鞍馬一族は日和山から降りるのを禁止していたが、唯一街に出た人だ。一族の直系で祐蔵は長男、次男の春蔵が山を抜け出して響家の婿養子になった。
祐蔵も春蔵ももう亡くなっているがな。祐蔵の息子が龍二さん、春蔵の娘が出戻りで家業の骨とう品店を営む冴子さんだ」「骨董品店?」「まあ、骨とう品では飯が食えないってんで、海外小説の翻訳が主な仕事さ」「へ~」「龍二さんもハヤテも特殊能力の持ち主だが、冴子さんも能力を持っているんだ」「えっ?どんなですか?」「普通に歌を口ずさむくらいなら何ともないが、ソプラノでオペラやクラシックを歌えば、聴いた途端に夢の中に沈む。しかもその夢は決まって幸せな夢なのさ」「ええww、良いのか悪いのか、どっちなんだろうね~」「ワシは龍二さんと澄ちゃんの結婚披露宴の時、一度経験している。2度と御免被りたいよ」「あんまり、良くなかったみたいですね~、ははは」「あっ、そうだ。この仕事をしようと思い立った時、分かりやすいように系図のような物を書いて、ダッシュボードに放り込んだんだっけ。そこを開けて、ちょっと見てみな」「ここですか?」「ああ」「あっ、これですね」「下手で読みにくいが、それを見たら大体分る筈だ」「あ~、なるほどー」「ワシはまた書けるからお前が持ってろ」「あっ、分かりました。預かっておきます」そう言ってまっとんはそれを4つ折りにして胸ポケットに入れた。本道からわき道に逸れて、車が速度を落とした。やがて、立山のオンボロ借家が見えてきた。